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境界守と九官鳥  作者: 俐月
出会い編

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重世越えて、離島に至る

 


 屋敷の適当な扉を選んだ間継が、スッと姿勢を正した。


 左手で印を組む。右手を扉に当てた。



「間継律が通す。隔てを重ね、道、繋げ」



 短く言った彼が、ふっと一息、こちらを見た。秋臣はちらっとだけの視線で応える。


 開かれた扉は、七色に揺れるあの暗闇だった。

 何度見ても、これだけは慣れないんだよなぁ。


 彼のあの祝詞なのか呪文なのかわからない言葉と、陰陽師的な力で、扉は日本各地に繋がるらしい。


 たしか、カラクリがあった。

 なんだっけ。聞いたんだけどなぁ。



「なんでしたっけ。か、か、か……」



 扉を通った先には、林の一本道。



「鴉の鳴き真似でもしてんのか?」


「違いますよ!」



 鼻で笑って隣を通っていった彼に、思わず言い返す。



「重世(かさねよ)だ!」



 思い出した。そう、そんな名前だった。


 秋臣たちが暮らしている現世(間継は人世(ひとよ)と呼んでいた)には、他の顔がある。


 裏面に重なるように、妖怪たちを中心に摩訶不思議な生物が暮らしているらしい。

 それを彼は「重世」と言っていた。


 陰陽師の末裔たちの一部は、そちらに行く道を開くことが出来る。

 こちらとあちらを隔てる膜を移動できるらしい。



「便利ですよね。扉一枚で、重世を経由して、日本どこでもショートカットで行けるんだから」



 こんなのやばい人たちにバレたら、拉致案件ですよ!? 死ぬまで働かせるかも!?

 いや、俺は関係ないし、間継さんがもし拉致されても、他人のフリしますから。恨まないでくださいよね!



 数歩前を行く間継にいうと、ギラリと睨まれた。



「八度目、言うか?」


「あ、いえ。大変申し訳ありませんでした。静かにします」



 柔らかい風が横から通り抜けていった。秋臣は、一度深呼吸をした。

 つまりここは重世というわけで。不思議だなぁ。


 何度も通ってきた道は、その度に違うらしいが、いまいちわからないまま、先に扉が見えてきた。



「一日で終わりゃいいが。水とか持ってきたな?」


「勿論ですよ」



 秋臣は背負ったリュックの重さを確認する。

 近畿南部での迷い妖の保護と、重世への道案内。お盆に入る数日前にきた依頼がそれだった。



「本当はこんなことしてる暇ないんだが、しゃあねぇな。何せ妖怪の迷い子だ」



 ひとりぼやいた間継が先に扉を潜った。





 ◇◇◇





 潮風が肌にまとわりつく。目の前に広がる光景に、秋臣は言葉を失い、呆然としていた。


 海、四方八方に見える離島の群。そのうちのひとつに扉が繋がっていた。

 口端が引きつった。



「本当にここで合ってるんですか?」


「俺が聞きてぇよ」



 羽織の中で腕を組んで、辺りを見渡した間継。



「絶対捜索にくる服装じゃないんだと思うんですけど、それ」



 彼はいつもの和装だった。この真夏に、着物と羽織だ。



「これが正装なんだよ。まぁ、頑張れ、冬吾」



 あー、海がきれいだ。観光できたら最高なんだろうなぁ。

 これ、どこをどう探せばいいの? 人の立ち入らないような島も沢山あるけど。

 というか間継さん、俺がいない間どうしてたの?



「とりあえず鈴音にも手伝わせる。あとは……」



 ぐるりと改めて見渡した彼は、はぁと深い溜息を一つ、リュックを指差した。







 秋臣の手には小さなカップ酒。蓋は開けられていた。

 海の近くで何故か正座させられ、カップ酒を持っている。



「あの、俺、生贄とかそういう感じですか?」



 カップ酒と人間。



「良い線いってるけど、お前なんか生贄にすらならねぇよ」



 笑いながら、少し後ろで間継が正座した。



「間継律、参上いたしました。海の御方、もし聞こえておいでなら、しばしお時間を頂戴したく」



 波打ち音と木々の葉擦れの音を縫うような、落ち着いた声が響いた。どこか遠くから船の汽笛と人々の声のようなものも聞こえてきた。


 秋臣は首を傾げる。何も起きない。

 そう思ったのも束の間、すぐ手前で止まるかと思われた潮が、意思を持ったように顔までかかってきた。



「ぶっ……塩辛っ!」



 手に持っていた酒が、気づけばなくなっていた。



「間継の坊やか。久しいな」



 どこからともなく声がした。でも――何もいない。



「改めまして、シラナミノミコト様に挨拶申し上げます」



 後ろを振り返ると、間継が丁寧に手を添えて、頭を下げていた。



「壮健であったか?」


「はい、そちらもお変わりありませんようで」



 膝元の水が、おかしそうに揺れた。



「そう畏まるな。そちがそのような振る舞いをすると、妖らはやりにくいだろう」


「敬意には敬意をもって、お応えしているだけなのですが……そうですね。そのようにおっしゃるのなら」



 ようやく顔をあげた間継が、すっと姿勢を正す。



「呼びつける形になって大変申し訳ありません。迷い子の件で、お伺いしたく」



 間継は今回の依頼について話し始めた。


 重世の暦で十日前、現世でいうと三日前になるらしいが、海沿いに棲む妖の子供が、こちらに迷い込んだ。見かけなかったか? と簡潔に聞いていた。



「ふむ。知らぬな。よい、わちも探してこよう」


「助かります、お願い申し上げます」



 そう答えた間継が後ろから頭を押してきた。強制的に土下座する羽目になった秋臣の顔に海水がかかる。

 情けない声が響き、後方から大きなため息と共に、手を離された。



「間継さん、リュックからタオルとってください……」


「あ? あ、悪い」



 涙目になって睨みつけると、ようやく秋臣の現状を理解したらしい。

 飲料水とタオルで顔面を拭きまくった彼は、海を見渡した。



「海の妖怪って、いるんですね」


「あの方は神に近い。俺も出来るだけ話しかけたくねぇんだよ」



 間継は一気に疲弊したように、またため息を吐きだした。


 人間にはこんなに強いのに、妖怪やそういった相手にはどうしてこんなに気を遣ってるんだろう。まぁ、仕事だもんなぁ。そういうものかな。



「で、結局俺たちどうするんですか?」



 海の神様的な偉い人の協力を得られたのはいいとして、報告を待つのかな?

 そんな考えは甘かった。



「ひとつひとつ歩いて探すに決まってんだろ。気配が小さすぎて、どうしようもないんだよ」


「げっ、マジですかそれ」



 長い一日になりそうだ。


 秋臣は煌々と照ってくる太陽を仰いで、一刻でも早く見つかる奇跡を祈った。

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