雇い主に、物申す
ああ、海の神よ。我らを救い給え。
早朝の日の出に、手を合わせて祈った。
もう三日目だ。明日からお盆に入ろうとしている。お盆の海は危ないって聞くけど。そんなこと関係ない。
何故なら……
後ろから、殺意の滲みだした舌打ちが聞こえてきた。
今すぐにでも背を刺されそうな気がして、秋臣は咄嗟に後ずさる。
海より、この人の方が怖い。日を追うごとに、間継の機嫌は悪くなっていた。
目の下には隈が出来てるし、たった三日で痩せた気が――いや、やつれてるの間違いだ。
この依頼以外に、夜も他の仕事をこなして、ほとんど眠っていないらしい。
何度か手伝おうとしたが、「邪魔だからついてくんな、あっちのパフォーマンスが落ちるだろ」と一蹴されてしまったのだ。
おかげで、俺は鈴虫の音を聞きながら安眠できたわけだけど。
「間継さん、バイトの俺がいうのもなんですけど、休んでおいたらどうですか?」
「――は?」
「ほら、まだ朝なわけだし、早朝。俺が探しておくんで、三時間だけでも寝てきてくださいよ。家で」
扉はまだそこにある。帰り道用に、いつも彼が置いているのだった。
砂浜に立つ扉を見ながら、親切心でい言うと、おもむろに首を回した間継が「あ゛あ゛ん?」と、ドスの効いた声で睨みを利かしてきた。
「お前は知らねぇだろうけどな。今回迷ってるのは、暑いところじゃ生きられない妖怪なんだよ。一刻も早く見つけねぇと命に関わる」
初耳だった。いや、言わなかったのあんただろ!
その間にも間継は地図を広げて、「ここは探したしな。無人島中心に探してたけど、観光場所もいくか? いや、無駄足になる確率の方が高い。あとこっちは……」とひとりぶつぶつと言っている。
たしかに、妖怪の命が掛かっているのは大変だ。
間継は、まるで我が子を探しているような、鬼気迫る様子だった。でも……
「シラナミノミコト様には反対側を頼んでるから、今日はあっちに――」
俊敏に体を振り返らせた間継が、真逆に足を進めようとしたとき、何もない砂浜に足を引っかけ――転倒した。
あまりにも見事な転びっぷりに、ざばーんと波が打つ音が遅れて響く。
いつもなら笑い飛ばす秋臣は、呆然と彼を見て、肩を落とした。
駄目だ、こりゃ……
間継さんが意識でも失って、扉が使えなくなったら……
『大学一回生、三重の無人島にて長期遭難の末に死亡か!?』
そんなニュース番組が浮かんだ秋臣は、意を決して間継へと近づいた。
「今すぐ! 屋敷に戻って! 寝てください!」
すぐに立ち上がった彼が言い返してくる前に、更に言った。
「いいですか。あなたは雇い主なんですよ、雇い主!
もしここで死なれでもしたら、今月の給料もらえなくなるじゃないですか!
こんな体張って仕事したのに! 無給! ああ、俺かわいそう!
しかも最近ちょっと仲良くなってきたかなーって思ってる人が、過労死なんてやめてくださいよ! 俺のために! 早く! 帰って!」
ぐんぐんと迫りながら言うと、間継が首を引きながら、一歩退いた。
そこにちりん、と涼しげな声を響かせ、鈴音が現れた。
「律、秋臣の言う通りだよ。ぼくたちが依頼継続しておくから、休んでおいでよ」
二人に挟まれた間継が、激しく眉を寄せて沈黙する。
「雇い主として体調管理の手本をみせてほしいなぁー」
最後の一撃として、秋臣は海に向かって叫んだ。
それが効いたのか、余程疲れて思考が回ってないのか、間継は観念したように、とぼとぼと扉へ向かい始める。
「三時間後! 来なかったら起こしにこいよ! 扉はどうにか繋げておくから! わかったな!?」
そんな捨て台詞を残して、消えていった。
よし、これで俺の給料は死守した。
「秋臣、秋臣」
服の裾を鈴音が引っ張ってきた。彼女が空を指差す。
そこには、数日前に見た鳥が飛んでいた。




