蛙の来訪、封じられし力
「屋敷で待機。勝手にどっか行くなよ、三歳児」
間継がそう言ってからもう五時間経っていた。
お昼寝の時間だ。
待機時間も給料出るのかなぁ。間継さんの寝顔写メ、モモリさん喜んでたなぁ。
聞いたことはないけど、多分モモリさん、間継さんのこと自分の子供みたいに思ってそうなんだよなぁ。
てか、最近鈴音ちゃんみないなぁ。
「あー、ひま」
居間の畳の上に寝転がった時、今まさに思っていた彼女が「やっ」と顔を覗かせた。
「うわっ、鈴音ちゃん」
「一か月ぶりだね。秋臣」
ん? 一か月?
「まだ一週間くらいだと思うけど」
「あっれー? そっか。ぼく最近重世にいたから」
そういえば、人世と重世の時間の流れが違うんだった。
「今、律が戻ってきてるところだから、秋臣がちゃんといるか先に確認しにきたんだよ」
「俺のことなんだと思ってるんだ、あの人……」
天井を眺める。本当に三歳児だと思われてるんだろうな。
自分のしてきたことを(巻き込まれたこともあるが)思い出した秋臣は、ぐっと二の句を飲み込んだ。
それからさほど経たずに、予想外の方面から間継がやってきた。
重世への扉がある殿に繋がる庭からだ。その上――
「ゲンジロウさん!?」
大蛙が後ろにいた。間継と並ぶとかなり大きくて、目立つからすぐにわかった。
「ああ、久しいね。ゲンジロウ」
いつしか逆側のふすまには、佐京もいた。
何がどうなってるんだ……そういえば、調べていることがわかったらまた連絡するって言ってた気がする。
多分その関連だろう。それにしても、まさかゲンジロウがくるとは思っていなかった。
モモリがすぐに座卓に人数分のお茶を運んできた。
座布団四つを広げ座るゲンジロウが湯呑を持つと、おもちゃみたいだった。
「歓迎痛み入る」
彼は先にモモリと佐京に会釈をした。
「あの~」
秋臣は座卓を囲む面々を見渡した。モモリはすぐさま退室したが……佐京と鈴音がいるだけで何故か場違い感が否めない。
間継が、湯呑を静かに座卓に置いた。
「改めて、この度は人世までご足労頂き、深くお礼申し上げます」
座布団を外した彼が、頭を垂れる。
無視されたよ。
「なに、佐京殿の診察も兼ねていたからな。それに――」
何故かゲンジロウがこちらを見て、破顔した。
「其の方があの冬吾であるという確信を得られて嬉しいことだ」
うん? うん。俺はもう確定事項だと思ってたんだけど。早とちりだったらしい。
秋臣は他人事のように、引きつった笑いを返した。
間継はもう出会った当初から、秋臣の中にある妖力と器を知っていたらしい。
重世で言いかけたのは、秋臣が陰陽師の末裔であるから、その力があって当然という話だったそうだ。
但し、気にかかっていることがいくつかあると。
「まぁ、往々にして、時代の流れってのはそんなもんだ」
まるで長く生きた老人のように、彼はそう言った。
「陰陽師の家系が自分たちを陰陽師の末裔だなんてことを忘れて過ごしているってのは、マジでどうでもいい」
「あ、はい。そうですね」
どうでもよくなさそうだけど。
「お前の実家の蔵で見たやつだが、あれとゲンジロウ殿の話を照らし合わせて、わかったことがいくつかある」
秋臣はあの不可解な木箱と境裂けのことを反芻する。
封印、そう言っていた。妖狐も封印したんだし、おかしな話じゃない。
間継が嫌そうに顔を顰めた。え? 俺、今なんかした?
「俺が開けられなかったあの木箱をお前が開けられたってことは、お前には陰陽師の素質がある。封印に関しては俺以上かもしれない」
「え」
え、え? なんだって……!? まさかの俺、陰陽師デビュー!? いや、待て。でもあんなブラックを超えたヘル社会に俺は絶対に――
「だが」
ん?
そこでゲンジロウが秋臣の前へ進み出てきた。ぬめりのある手が胸に添えられ、幾度か軽く叩かれた。
「うーむ、やはりよくわからんな。冬吾の封印の力というものは」
「ちょっといいかな」
佐京までこちらにやってきた。病人の細い手が肩に添えられる。途端、全身に寒気のようなものが襲ってきた。
「父上……! お体に障ります」
目を見開いた間継の反応で、秋臣は先ほどのものが妖力であることを察する。
しかし、全く意に介していない佐京が、「うんうん」と何か納得したように、幾度が頷いた。
「あれかな。秋臣くんがそうなのか、冬吾秋継が何かをしたのかまではわからないけれど――秋臣くんの妖力は、冬吾の血によって封印されている。という感じかな?」
「ごもっとも」
佐京の言葉にゲンジロウが頷いた。
あー、よくわかんないけど。俺の陰陽師デビューが遠ざかったことだけはわかった。
「つまり? 実は俺、力があるけど、使えないって感じですか?」
全員がこちらを見る。
「冬吾の力を自在に扱えるくらい秋臣が頑張れば、どうにかなるんじゃないかな」
鈴音が楽しそうに立ち上がった。
「冬吾の血を宥められれば、という方が適確かもしれない」
「まぁ、別に必要ねぇだろ、妖狐さえ現れればそれでいい」
ゲンジロウに続き、間継が言う。どちらも不可能だろうという口調に近かった。
「間継と冬吾がこの時代で組めば、面白いことが起きそうではあるけれどね」
最後に付け足した佐京だけが、何か別のものを見るように目を細めた。




