ハグ二つ、モモリ恋ひし
「で、だな。とりあえず、わかったことがある」
「難しい話はいいから、ジェンガしましょうよ。あ、トランプにします?
でもトランプって二人でしても楽しくないから。あ、ウノもありますよ! あと人生ゲームも。
でもやっぱり、二人でしても盛り上がらないかなぁ」
部屋の棚からあらゆるものを引っ張り出してきた秋臣が、ひとつずつ前に並べていた。
「お前は修学旅行にきた小学生か。ってか、なんで俺がお前の家に泊ることになってるんだよ」
「母さんに押し切られたのは間継さんじゃないですかー。俺のせいじゃありませんよ」
夕食後、風呂を沸かしたんだから風呂を入っていけと言われ、気が付けばパジャマが用意され、泊ることになっていた。
この家にやってきて、秋臣母に主導権を握られっぱなしの間継は、ため息を吐きだした。
「言っておくが、俺はトランプ以外したことがない」
「出た! ぼっち発言!」
「殺すぞ」
「いやー、なんか最初はすごい怖くて遠い人なんだと思ってたけど、間継さんもこっちの人間だったんですねー。いや、俺は友達が少ないだけでぼっちじゃないけど!」
じゃあトランプで、とトランプを箱から出し始めた秋臣。
こっちの人間ってどっちの人間だよ。全然違うだろ。
記憶の中の父を思い出していた。
物心ついたころからすでに佐京は家にほとんど帰らず、たまに遊んでくれることもあったが、ほとんどモモリと一緒にいた。
妖怪が見えるせいで、おかしな子扱いされ、妖怪と話す方が楽しかった。
ようやく自分が普通とは違う世界を見ていると知ったのが、小学三年の頃だった。
その頃はもう、扉を開けるようになっていた。
普通は扉を開いて登校しないし、妖怪も見えない。境裂けも見えなければ、重世の存在なんて知らない。
そこから間継は、さして仲いいとは言えなかった友達たちとも、距離を置くようになった。
決定的な事件と言えば、学校で不審な出来事が発生した時だった。原因を突き止め浄化する時に、女子生徒を巻き込んでしまったのだ。
稀に子供には、残留思念が見える子がいる。強烈なものなら特に見えやすい。
四苦八苦しながら浄化した時、彼女に「化け物!」と叫ばれた。
中学に上がり、正式に境界守を継いでからは……
「間継さん。神経衰弱とかします?」
「あ? ああ、なんでもいい」
秋臣はわかってないんだろうな。妖狐の血を継ぐことで、境界守からも俺が疎まれてることを。
人間の世界に俺の居場所はない。だからと言って、重世にあるわけでもない。
どちらの血も流れているのに、どちらにも属せない。まだ近しいはずの境界守という集団にも、馴染めないし、嫌われる。
――全然そっちの人間じゃねぇだろ。
いつしかトランプが裏返しで、綺麗に並べられていた。
「間継さんって遊ぶの苦手ですよね? 難しいこと考えるのはあとにして、遊びましょうよ。せっかくなんだし、今を楽しまないと損ですよ」
「お前はもうちょい先のこととか考えて、頭回した方がいいだろ」
秋臣の指摘が図星だった間継はすぐに反駁して、先にトランプを開いた。
朝に当然のように秋臣母が部屋まで起こしに来た。そして当然のように洗濯された服を渡され、当然のように朝ごはんが出てきた。
母親ってここまでするのか。もう成人だぞ、子供。
昨日と同じように流されに流された間継は、朝食までご馳走になって、ようやく帰る準備が出来た。
よく眠れたせいか、頭はすっきりしている。とりあえず家に戻ったら、昨日後回しにした仕事を……
いや、まて。色々大事なことを忘れてる気が……
「もう帰っちゃうの? 夏休みなんでしょ? 一週間くらいいたらいいのに」
玄関に立ってからは、秋臣母がそんなことを言って来た。
「俺はいいとしても、間継さんは忙しい人なんだよ」
「あらそうねぇ。三回生なら、就職活動のことも考える時期なんでしたっけ?」
さすがに止めてくれたらしい秋臣に、秋臣母が頬に手をあてた。
「はい。お世話になりました。食事もご馳走様でした。美味しかったです」
間継が丁寧に頭を下げた。
「まぁまぁご丁寧に」
「俺も行くけど、今度は早めに帰ってくるから!」
秋臣が付け足した時、秋臣母が来た時と同じように彼に両腕を広げた。
何故か秋臣がこちらを気にしたあと、そっと母を抱きしめる。
「あらっ、珍しい」
「たまには、ね? いつもありがとう。母さん」
恥ずかしそうにすぐに離れた秋臣が、頬を掻いて、先に出て行った。
間継も会釈をして、踵を返そうとした時、秋臣母がこちらにまで両腕を広げてきた。
「いや、あの……」
「いいのいいの、ほらいらっしゃい」
思わず足を止めると、ゆっくり詰め寄ってきた秋臣母が、遠慮げに抱きしめてきた。
「秋がすごく楽しそうで嬉しかったわ。りつくんのおかげね。いつでもいらっしゃい」
硬直してしまった間に、離れていった彼女が破顔する。
間継は離れていった体温を、今になって感じ取った。何故かモモリが浮かんだ。
「またお邪魔させていただきます」
もう一度しっかり礼をする。後ろから秋臣の声がした。
「母さんと何か話してたんですか?」
「お前が嬉しそうでよかっただって」
「俺、家にまであんまり友達連れてきませんからね~」
「の割には、昨日はしゃいでただろ」
神経衰弱で一度も勝ちを譲らせず、ムキになっていた彼を思い出して、間継は小さく笑う。
「あ! 色々持って来たんですよ! 屋敷でみんなと遊びましょう!」
笑顔で言った彼の鞄がやけに膨らんでいると思ったら、家にあった遊び道具を詰めていたらしい。
ふと屋敷の妖怪たちが遊んでいる姿が目に浮かんだ。
最後に浮かんだのは、やはりモモリだった。
間継は慣れない感覚を覚えた。
なんだか、無性にモモリの顔が見たい。
早く、帰ろう。




