初給料、母のハグ逃る
あれから体調が回復した秋臣は間継の仕事を手伝ったり、休みを取らされたり、仕方なくレポートをしたりという、いつもの日々を送っていた。
ひとつ変わったことと言えば、間継が一日に一度、薬らしいものを飲み始めたことと、初めて給料をもらったということだけだった。
膨らんだ白い封筒。手渡しだ。
中には、あのおじいちゃんが……
「多くない……?」
いや、待って。これ、所得申請いるんじゃ? いや、でもまだ、なんとかの壁に到達するまで働かせてもらえるかわかってないし。
というか、こんな大金置いておけないんだけど。銀行行かないとといけない。
今日も今日とて、間継は仕事に出かけていた。帰ってきてからは、屋敷の奥にある蔵に籠っている。
間継家のことを調べ直しているらしく、秋臣も手伝おうとしたが――
読めなかった。そう、読めなかったのだ。
昔の文字が多く、中には重世の文字もあった。
なので、わかる範囲で整理だけ手伝うことだけにしたが、それも終わってしまい。
暇を持て余した秋臣は、あれからこっそり隠れて、妖力を使う練習をしていた。
「冬吾秋臣が奏上す。顕れん」
右手に、ぽんっと小さな光が灯る。
胸の前に組んだ印とみぞおちあたりの妖力を共鳴させて、右手に持っていく。それが秋臣の編み出したイメージだった。
三秒ほどでふっと消えてしまった後、小さな痛みが胸に走る。
顕現時間が増えていく中で、何故か胸痛のようなものが出るようになっていた。
「これ言ったら、怒られそうなんだよなぁ」
勝手に練習していることも、練習するたびに何故か胸が痛むことも、間継には黙っている。
境界守特有の病気は、数年単位で進行するため、今すぐ何かという心配はない。
佐京はそう言っていたが、それでも心配だった。
すこしでも力になれて、間継が妖力を使う頻度が落ちれば、それだけ進行は抑えられるだろう。
うーんと唸りながら、秋臣は縁側に寝転がった。
そうだ、俺も一度実家に帰ってみよう。冬吾家の家系図とかがあるかもしれない。
◇◇◇
「秋~久しぶりねぇ~。寂しかったでしょ? ほら、きなさい~」
思い立ったが吉日。秋臣は実家にいた。間継さんに扉を二度開いてもらった。
一度は東京に母への土産を買いに行き、もう一度は三重の実家へ。
勿論その間継は仕事へいったので、ひとりでの帰省だった。
すぐに手を広げて歓迎して来た母から、秋臣はそっと逃れる。
何歳になっても子供扱いでハグしてこようとするのだ。
「母さん。それよりこれ。はい、お土産」
「え、お母さんに? こんなお金どこにあったの? 高かったんじゃないの?」
「俺、ちょっとバイト始めたから初給料で」
中身を見た母が目を丸くしたあと破顔した。
ちょっといいお菓子と、包丁だった。包丁を母に贈るのはどうかと思ったけど、母は料理は好きだし、秋臣が上京する前に、包丁が悪くなったとぐちぐち言っていたのだ。
「もう、気なんて使っちゃって。ほら、いつまでもひと様の家みたいに玄関立ってないで早く入りなさい」
母が前を開けた。よし、今日はハグ歓迎から逃れることが出来たぞ。
秋臣は、母へのお土産とそれを可能にしたおじいちゃんに心の中で感謝した。




