口下手ゆゑ、彼岸花のしるし
ムスッとしたまま採血された秋臣は、未だ間継の言葉を反芻させていた。
なんだよ、間継さんにとって俺は本当に妖狐の餌で、ただの使い捨てのバイトだったのかよ。
「冬吾殿。そろそろご機嫌をなおしたらいかがだ」
ネネコがお茶を持ってきてくれた。
ゲンジロウと名乗った大蛙は、採血の結果を見るために奥に引っ込んでいる。
「間継さんが謝ってくるまで俺は口ききませんよ。決めましたから」
解雇したいならすればいい。ふん。どうせ俺は囮しか出来ない無能ですよ。
そもそも散々危険な目に遭わせておいて、今更心配とか都合よすぎるだろ。
「さぁさぁ、お茶でも飲んで落ち着きなされ。鎮静作用のある薬草で作ったのだ」
「……いただきます」
ネネコは関係ない。邪険にするのは失礼だった。
「間継様は難しいお立場におられる。そうお怒りにならないであげてほしい」
「わかってますよ」
宥めるように言ってきた彼女に、一口飲んだお茶を見つめる。
わかるわけないだろ。俺の先祖が、遠い昔に間継なんとかさんの友人だったとか、陰陽師だったかもしれないとか。
間継さんが見たこともない妖狐の血を引いてる半妖まがいだとか。その先祖のせいで現世と重世の境が大きく崩れて大変なことになったとか。
話を聞いても、想像なんかできない。
「先祖のことは先祖が悪いわけであって、間継さんが背負うことじゃないだろ……」
至って平平凡凡とした家庭で育った自分には、間継のことは理解できない。
それが何故かすごく悔しかった。
「冬吾殿言う通りなのだ。けれど、境の均衡を保つために、境界守は欠かせないのもまた事実なのだ」
秋臣はネネコの声を聞きながら、しばらく見つめていたお茶を飲み干した。
「結果が出たら呼んでください。俺、ちょっと……」
ジッとしてられず、秋臣は立ち上がった。
いや、出てきたけど、どうするの?
間継さんが色々訂正するまで、話したくないのは話したくないし。
でもそわそわするし。俺、喧嘩してもすぐ仲直りしたいタイプだもん。
外に出ると間継はいなかった。下手にうろうろして迷っても困る。
街の外れにある病院の辺りは、前が畑で、後ろが林。見渡す限り、間継はいない。
「はぁ……」
怒りの反動で落ち込みがやってきた秋臣は、その場にしゃがみ込んだ。
ちょっと言い過ぎた。心配よりも先に自分のことばっかり言った気がする。
そもそもまだ一か月くらいの付き合いなわけだし、俺が勝手に間継さんのことわかったようなつもりになってただけだし。友達だなんて、ただの押し付けな気もしてきた。
「はぁぁ……もうだめだ、帰って引き籠りたい」
思い返して恥ずかしくなってきた秋臣は、膝に頭を伏せる。
その時、何かが聞こえてきた。
「―――だというものだよ、律。ぼくはちゃんと秋臣に話した方がいいって何回か忠告したはずだよ。今回は律が悪いと思うね」
「……謀ったな?」
「ぼくはちゃんと言いつけどおり秋臣を見つけて、後ろからついていってたよ。ぼくが連れて帰ってくるまでもなかっただけで」
秋臣は耳を澄ましながら、声がする方へ移動した。
病院の裏手から聞こえてくる。そっと覗くと、間継と鈴音が対峙していた。
「妖狐はどいつもこいつも小賢しい」
「律。勘違いしないでほしいけど、ぼくは佐京の頼みで律の使いをしてるだけだよ」
「わかってる」
羽織の中で腕を組んだ間継が、ふいにこちらを見てきた。目が合った。
やば、立ち聞きしてたのバレた。というか、鈴音ちゃんがなんか意味深なこと言ってたけど、それどころじゃない! 顔を合わせるのは、気まずすぎる!
「冬吾」
その間にも間継がこちらへやってきていた。
「え、えっと……」
壁から離れると、すでに彼がそこにいた。
難しい顔をして、こちらを見据えてくる。思わず、秋臣も眉を寄せた。
その時、間継がスッと頭を下げてきた。
「申し訳なかった」
まさかの謝罪に一瞬、言葉が詰まる。謝ってほしいとは思ってたけど。
「申し訳ないって、何が申し訳ないと思うんですか」
謝るだけなら簡単に出来る。すると案の定、頭をあげた彼が視線を逸らした。
「思ってないじゃないでしょ」
「うるせぇな、俺はお前みたいに口が回るわけじゃねぇんだよ」
「口が回らなくても、何がくらい言えるじゃないですか」
「だからっ……!」
反駁しかけた彼が、額に手をあてて、ため息を吐きだした。
「そうだな……」
つまり、なかなか次の言葉を口にしない彼の後ろに、ぴょこんと鈴音が跳ねるようにやってきた、
「律はね、自分の感情を言葉にするのが苦手なんだよ。そもそも整理できないってやつだね。こういうことをなんて言うんだっけ? コミュ障だっけ?」
「おい、鈴音」
焦ったように鈴音を見た間継に、秋臣は「ふーん」と口元を緩めた。
「なるほど、間継さんが口下手なのにはそういう理由が……」
「うるせぇ、俺は友達なんていたことがねぇんだよ」
「え」
そう言えば、間継から大学の友達の話を聞いたことがない。境界守関係はみんな仕事付き合いだろうし、家でも妖怪と伏せってる父親以外には……
「へえええ~、間継さんってぼっちでコミュ障なんだ~」
美男子の無駄使いとは、まさにこういう……
「そうなんだよ、だから秋臣、今回のことは許してやってくれないかな?」
鈴音が耳をピクリと動かした。
間継が何か言いたげに口を歪めている。
「それなら仕方ないよね~、何せ間継さんは友達がいたことがないんだから、俺が初めての友達なんだから~」
腹いせも込めて畳みかけると、複雑そうな顔をした彼が、ふいに手をあげた。
あ、やば、やりすぎた!? と思ったのも束の間。ペンダントごと胸を押してくる。
「彼岸花のペンダント。飽きるまでお前が持ってろ」
就職したら返せよ!
思い出したように付け足した彼は、病院の入り口の方へと行ってしまった。
つまり……?
「ごめんよ、秋臣。あれが間継の精一杯の謝罪なんだよ」
「本当に口下手だなぁ、間継さん」
俺が納得するまでこのバイト続けてもいい。そういうことらしい。
「懲りずに仲良くしてやってよ。律は嬉しかったと思うよ」
友達。ちりん、と鈴の音と共に、鈴音が姿を消した。




