冬吾秋継、友を守りし者
「ふむ、以前より少し濁りが出とるな」
大きな水かきのあるが、試験管を振った。
中にある間継の血が、僅かに青色に変色している。
器の破損具合を表す濁りだった。
「私は今年二十一になりましたが、あと何年持つでしょうか? ゲンジロウ殿」
特注の着物をいつも身に着けている大蛙の妖怪は、届かない腕を組むようにして、「ふむぅ」とひと呼吸おいた。
「二十一。其の方のお父君と同じか、それよりも早いか。律殿の器は、佐京殿よりちっと小さい」
間継は嘆息をこぼした。濁りがこうも早く出るとは思っていなかった。
器の大きさが違うといっても、本当に僅かだったはずだから、まだ問題は出ないと思っていたのに……
その時、彼が唸りながら続けた。
「それにおかしなことがある」
「おかしなことというと?」
ゲンジロウが小さな眼鏡をかけて、試験管を注視する。
「順当に考えれば、佐京殿より律殿の発病は遅いはず。何せ妖狐の血は、一代分薄まっている。しかしこれは……まるで突発的な先祖返りだ。以前の結果とは、まるで別物のように見える」
何か心当たりはあるか? 彼はそう聞いてきた。
すぐに思い至った。一つしかない。
「その妖狐の封印が解けました。おそらく、それが原因になっているのかと……」
間継の答えに、ゲンジロウが首を振る。
「三十七代。祖父の代から間継を診てきたが、封印が解けた時の対処方は誰も行きついておらん。其の方の中に封印と共に眠っていた妖狐様の血が、目覚めたのであろう。方法を探してはみるが」
間継は感謝の念を込めて、頭を垂れる。
冬吾に言いかけて言えなかったことが蘇った。
バイトである彼に、どこまで話すべきか、間継は考えあぐねていた。
間継家が現在に至るまでの背景は、境界守という役職が誕生した約千年前まで遡る。
人世と重世の交易がなくなったのも、境を厳重に管理しなければならなくなったのも、全ては三十七代前、間継当主が発端だった。
間継正雅。彼が力を求め、人世を住処にしていた大妖怪と契りを交わした。
冬吾に刻印を残したあの妖狐だった。
その時代にもひとつだけ、禁忌があった。人と妖怪の間に子を設けてはいけない。
彼は己の欲のために禁忌を犯し、結果、ふたつの世界の均衡が大きく崩れた。
当時の陰陽師たちのおかげで、どうにか均衡は取り戻せたものの……
それから三十七代。間継家には男児しか生まれない。そして、子供を産んだ母親は、産み落とした瞬間、命を失う。
それでも妖怪の血を受け継ぐ人間は、境を繋ぐ秀でた力を持っていた。
「近頃、以前よりも妖怪たちが私を恐れるのは、やはりそのせいでしたか」
薄まったとはいえ、この体に流れる妖狐の血は、妖怪たちを本能的に伏せる。
それ相応の妖力を与えてもくれるが、同時に体を多く蝕んでいく。
「仕方あるまい。妖狐様がいずこに居られるのか、探し出すことが出来れば、また話は変わってくるやもしれんが」
「それについては痕跡を追っています。言伝をやった通り、冬吾に刻印を残していったので、おそらく遠くないうちに現れるとは――」
ゲンジロウが意味深な笑いを上げた。
「冬吾か。懐かしい響きだ。其の方らは、よほど因縁があると見える」
間継は、返答をやめておいた。
もう二度と、間継と冬吾が出会うことはないだろう。そうでなければならない。
そう思っていたのだ。
変わり者であると忌み嫌われていた間継正雅の唯一の友人が、冬吾秋継だった。
妖狐を封印したのは――その彼なのだ。
冬吾という名を聞いて、まさかとは思ってはいた。
彼といる間に、推測は徐々に確信に変わっていった。
冬吾の血を引く子孫。
封印から覚めた妖狐が、冬吾秋継だと思い違いをしたのか。それとも別の意図があるのか。
どうにせよ、良い感情は抱いていないだろう。
冬吾秋継は友人を守るために、妖狐を封印したのだ。
次は、間継が冬吾を守らなければならない。
妖怪たちはそれらの背景を知っていてなお、境界守として間継の存在を受け入れてくれていた。
それが、間継が妖怪に敬意をもって接する理由である。
大罪人の血を継ぐ間継家は、生涯命を賭して、均衡を守る。そのためだけに存在している。
贖罪が終わるまで、この血を絶やすわけにはいかない。
それがいつまで続くのか……間継がふと、目を伏せた時だった。
「間継さん!!!!!」
盛大な音を立てて、木戸が開かれた。
「冬吾?」
何故彼がここに……鈴音がいない。後ろにはゲンジロウが最近取った弟子がいた。
見覚えがあると思ったら……




