間継家の縁、道すがら聞く
大通りを通り過ぎていった災いを見送って、間継は途方に暮れた。
重世には妖怪だらけ。秋臣の小さな妖力の気配を追うのは、至難の業である。
「あいっつ……トラブルメーカーすぎるんだよ。なんでこんな……」
暴走牛に乗っていたあの妖怪、どこかで見覚えがある気がするが……
迷った末、間継は懐から一枚の紙を取り出して、簡単に筆をしたためる。
「命を賜う。我が命に従え」
印を組み、右手に乗せた紙に息を吹きかける。紙は鳥の形を成し、飛んでいった。
役所への迷い報せは、これでいいとして……
「鈴音、いるか?」
「いるよ~」
呼びかけると、どこからともなく鈴音が現れた。
「悪いが、あの馬鹿追ってくれ」
「律はどうするんだよ?」
「俺は先に老のところへ向かっておく。手土産もいるしな」
「じゃあ、見つけたら連れていくね~」
狐に戻って早速駆け出した彼女を見送り、間継は嘆息をこぼす。
鈴音に追わせた方が確実だった。妖狐の中ではまだ若いが、それなりに位の高い妖怪だ。
「冬吾がいたら出来ない話もあったしな。丁度いいか」
あの和装にはいくつか術をかけておいたが、人間だとバレても彼岸花の紋を身に着ける相手に、粗相をしでかそうとする妖怪はいない。
何せ境界守で彼岸花を掲げるといえば、間継家である、と重世の妖怪はしっかり認識している。
境界守に連なる者に害を与えれば、重罪。それがこの重世の中で、古くから浸透した法律のひとつだった。
§§§
「すまん、うちの牛汰が粗相をしたのだ。今日はご機嫌だと思って、街に連れてきたのに」
とある廃屋で、秋臣は呆然としたまま、今にも崩れそうな天井の隙間から見える空を眺めていた。
俺、この短期間で、何回死にかけたんだろう。もう、なんかなんでもできる気がしてきた。
「本当にすまん。まさか君が境界守だなんて、この子もわかってなかったと思うんだ」
今にも土下座をしそうな猫耳の女の子の隣で、牛が弱弱しく鳴いた。
猫耳だ、可愛い。いや、それよりも。
「あ、もしかしてこの紋?」
彼女が、やたらペンダントを見てきたので気づいた。
ペンダントを手に取ると、彼女が目を見開いて、ついに土下座した。
「知らなかったですまないのは重々承知してる! 知らないで通せたら法律はない!
だがどうか、命だけは!」
「いや、落ち着いてくださいよ。何か知らないけど、とりあえずそんな物騒なことしないし。俺もちょっと擦りむいただけだし」
なるほど。何かあったことを想定して、間継さんはこれを俺に身に着けさせたのか。
前から思ってたけど、境界守ってすごいんだな。
しかし、彼女は聞く耳を持たなかった。むしろ逆効果だったらしい。
「擦りむいた!? いかん! 言い訳の余地がない! 打ち首になるしか……!」
「いや、あの、だから」
「あの間継の御方に血を流させるなどという大罪を……」
最初こそ大げさな謝罪なだけだと思っていた秋臣は、本当に震えだした彼女を見て、目を瞬かせる。
ウロコダさんもそうだったけど、間継家って……
ふと数日前のテロップが、頭の中に現れた。
〖間継家の謎〗
「えっと、間継家ってそんなに有名なの?」
「君、境界守じゃないのか?」
ハッと顔を上げた彼女が、こちらを凝視してきた。
「いや、そうとも言えるしそうじゃないとも言えるというか……」
秋臣は、乾いた笑いで誤魔化す。境界守じゃないって言ったらどうなるか、想像つかなかった。
「最近そうなったというか、バイトなんだよね、えーと昔的にいうとなんだっけ」
「奉公人か?」
「あ、そうそう、そんな感じ」
前に言われたのは、舎人だった気がするけど。
「間継家の大事な奉公人になんということを……!」
だめだ、話が進まない。
秋臣は諦めて、彼女をまず落ち着かせることにした。
ぐすん、と鼻を啜った彼女が改めて前で正座をした。
「私はネネコと言う、とある方のもとで薬の修行をしている」
秋臣も自分の名前を名乗った。すると彼女は、「冬吾?」と聞き返してきた。
まだこれだ。最初はあんまり聞かない苗字だからかなと思ったけど、名乗るたびにこんな反応をされる。
「冬吾殿。とりあえずは、私の師匠のもとへご案内いたしたい。傷の手当もせねば」
そう立ち上がった彼女に、秋臣はついていくことにした。
いつの間にか林の中にいるし。街に行った方が間継と合流もしやすいだろう。
というか、合流できるのかな。
「先ほどの話であるが」
「あ、そうだ。間継家」
「人世の妖怪のことはわからないが、重世では有名な話なのだ」
牛を牽いて、僅かに前を進む彼女がぽつりぽつりと話し始めた。
どれだけ街から遠のいていたのか、長い話を聞き、問答するのは十分すぎる道のりだった。
ようやく街が見えてきた頃、秋臣の頭の中には、この彼が探しているという妖狐と間継家の間にある、切っても切れない縁と、彼の抱えた重い歴史だけが頭に残っていた。




