言ひかけて、牛の乱入
重世。人世と一枚の境と呼ばれる膜を隔てて、同時に存在している別の世界。
そこには妖怪や、人々が架空生物だと思っている生き物たちが暮らしている。
ふたつの世界の均衡を守るために、古くから、境界守がその境の管理を任されていた。
今からおおよそ千年前。日本に陰陽師がいた時代からの話だ。
現代に残る記録と言えば、御三家の手元にしかない。
今も語り継がれる陰陽師の代名詞となった人たちの裏に、境界守は存在していた。
表――人間を導く陰陽師。裏――妖怪と人世の秩序を維持する陰陽師。
陰陽師という存在が遠ざかった理由の一つが、境界守という役職の誕生だった。
現代の境界守を受け持つのは、人知れず裏でふたつの世界の境を守ってきた陰陽師たちである。
間継の説明を思い出していた秋臣は、扉を潜った先の建物を見渡していた。
うわぁ、やばい。いつの時代? なんかいろんなものが混ざってる。
あっちは江戸時代にありそうな扉だし、柱は中華っぽいし、置物は西洋風だし。
何よりも――
「めっちゃ妖怪!」
「おい、キョロキョロしながらわけわからんこというなよ。恥ずかしいだろ」
「いやだって」
人間のように服を着た妖怪が、建物内に沢山いた。書類らしきものを持っている人もいる。
服装も様々だった。
「重世の妖怪って、もっとこう昔ながらの着物来た、本に出てくるような感じかと思ってたんですよ」
「相変わらず想像力が死んでんな」
「誰だってそう思いますよ!」
思わず、声を張ると、周りの視線が集まった。間継にも睨まれた。
「昔は人世とこっちの交易があったんだよ、裏でな。その影響で色んなものが混ざってる。ひと昔前の雰囲気なのも、そういうことだ」
「へ~、交易が……」
え? なんかやっぱり俺が知ってる歴史と全然違う。国の裏側怖すぎない?
周りにいる妖怪を今一度見渡した時――彼らが書類を持って並んでいる先の扉から、きっちりとしたスーツらしい服装を身に纏った妖怪がこちらを見た。
トカゲみたいな頭だった。
「間継様、この度はどのようなご用件で」
驚くような速さでやってきた彼が、手を組んでペコペコと頭を下げる。
「ご苦労様です、ウロコダ殿。今回は仕事で来たわけではなく……先日お願いしていたあの件で」
「件のことでしょうか。すでに言伝は済ませております。先方はいつでも歓迎するとのことでした」
「いつもお早いご対応感謝します。早速向かってみることにします」
首礼を返した間継に、ウロコダという妖怪は直角九十度の深い礼を返していた。
さっさと踵を返した間継に秋臣が続く。
なんか、さっきから視線が痛いような……
「いつもこの役所で仕事を済ませてるからな。話が早くて助かる。とりあえず医者のところいくぞ」
「医者?」
「お前の刻印を診てもらう」
「へ~、刻印の……?」
ん? 医者、病院。え? 医者!?
「騙されたああ――」
「うるせぇ、静かにしろ」
叫ぼうとした時、間継に口を塞がれた。
重世にまできて医者って……俺、病院大嫌いなんだけど、注射とか注射とか注射とか。
もうあの薬品の匂いとか、リノリウムのあの感じとか、見るだけで嫌いなんだけど。
騙された。完全に騙された。重世に行くかって間継さんが言った時点で、何か理由があったはずなのに、数時間前の俺! 気づけ!
観光の気分でいた秋臣は、とぼとぼと街中を歩いていた。
「屋敷の結界だけじゃどうしようもなかったからな。刻印の影響は妖怪が見えるようになったことくらいだろうが、他の不調はどうなんだ最近」
「――え?」
あ、俺。この刻印のせいで妖怪見えるようになったんだ。
「んー、倦怠感も最近それほどだし。たまーに刻印がチクってするけど、それ以外は特に?」
「思ったより、上手く馴染んでるのかもしれねぇな。お前の半端な妖力のおかげか、それとも――」
「というか鈴音やミコトさんも言ってましたけど。俺、妖力と器あるんですよね?」
「あ? そらあるだろ」
「何がそら、なのかわかりませんけど」
隣を歩いていた彼が、目だけで見てきた。
「ずっと言うか迷ってたんだが――」
彼が眉を寄せて、口を開こうとした時だった。
「誰か、誰か止めてえええええ」
高い叫び声と共に、轟音が近づいてきた。巨大な牛と、その背に乗った女の子だった。
一直線に通りを抜けてくる。
「おい、冬吾――」
すぐに首根っこを掴んできた間継の手と、牛の角が秋臣の着物を引っかけたのが同時だった。
「あ」
ああああああああああ!
「間継さあああああああん!」
いつしか秋臣は、暴走牛の角に攫われていた。




