中庭にて、男とまみえる
「おーい、秋。秋臣」
肩を揺さぶられて、秋臣はようやく目を覚ました。
「お前、授業中寝てただろ。クルリン髭が、やべぇ顔してたぞ」
「え、え、俺、寝てた!? まじで!?」
「どうせエロいもんでも見て、夜更かししたんだろ~、秋ちゃんってば、いやらしい~」
「湊と一緒にすんなよ。俺は、早寝早起きの天才なんだよ!」
肩を組んできた友人が、ニヤニヤと笑いかけてきた。
大学に入って仲良くなったこの男、水野湊のウザ絡みはいつものことだった……が。
秋臣は首を捻る。昨日も早く寝たのに、今日はやたら、体が怠い。
そういえば、おかしな夢を見たような……なんだっけ。
最近、勉強を頑張りすぎたのかもしれない。
未だ隣で、関係のない下世話な話題を続けている友人を放って、秋臣はスマホを見た。
「やば、バイトの面接!」
「あ、そうそう。秋がバイトだって言ってたから――」
「起こしてくれてありがと! 湊! じゃ、俺急ぐから!」
教材とボイスレコーダーなどを凄まじい勢いで鞄に仕舞った秋臣は、即座に席を立って、校門へ駆けた。
入学してから三か月。
月末から夏休みだし、とりあえずバイトの確保だけでも、と考えていた。
大学から一番近いスポーツ用品店。そこで働きたかった。面接に遅刻なんてすれば、印象は最悪だ。
時間を気にした秋臣は一層、陸上で鍛えた足を早める。
中庭の角を曲がろうとした時、どこからともなく現れた手に腕を掴まれ、強引に引っ張られた。
「っは……!?」
振りほどく暇もなく、何者によって、後ろから口を防がれる。
どうにか、首だけ振り返り返らせたところには――
色素の薄い黒色明るい色が混じった髪と、琥珀色の瞳が見えた。
「騒ぐな」
低い声色での命令口調。背筋に、嫌なものが走る。
「んんん!」
助けて! 校内になんかやばい人がいる!
「騒ぐなって」
力いっぱい振りほどいた秋臣は、ようやく男の全貌を見た。
「誰ですか。いきなりなんですか。ここの学生ですか? 不審者ですか? いますぐ通報しますよ!」
中庭にこんな狭い道があったなんて。
いや、なに!? 怖すぎる。俺、なんかした!?
あと後ずさりながら言葉を重ねた途端、男はバツが悪そうな顔をしながら、腕を組んだ。
後ろで束ねた長い髪と瞳の色以外に、整った顔立ちはどこか人離れしている。
「いきなりで申し訳なかった。危害を加えるつもりだったわけじゃない。ひとつ、そちらに確認したいことがあって、つい……」
「つい?」
「姿が見えたから、つい引っ張ってしまった」
一瞬、沈黙が浮かんだ。
「いやいやいや、どう考えても言うこと聞かないと今すぐ殺すぞ、みたいな感じでしたよね!?」
「普段の癖で」
どんな癖なんだ……人を脅す趣味でもあるのか? このおかしな男は。
一旦、呼吸を置いた秋臣は、冷静を努め、尋ねた。
「で、その確認したいってことは? 俺、誰かに恨まれるようなことしてませんよ?」
……してないはず。
そもそも、この男が誰なのかも知らない。名前から聞くべきだった。
どう言うべきか、と言った風に、男は口元に手をあてた。
その間にも秋臣が、そっと一歩を引く。
足音に重なるように、ちりん、と涼しげな音が通り過ぎた。
「律。遅いよ」
「鈴音」
いつしか男の後ろに、浴衣姿の少女がいた。
金髪の柔らかい髪が、肩にかかっている。愛らしい琥珀色の瞳は、前の男と似ていた。
「許可なくこちらに来るなと、何度言いつければ」
「不可抗力というものだよ、ほら、時間」
彼女が、懐から取り出した丸い時計のようなものを見た男は、ため息だけを返していた。
「って、あれ? どちら様?」
少女が男の隣をすり抜け、軽い足取りで、こちらへ来ると、物珍しそうに見上げてきた。
くんっと、その鼻が動く。
可愛らしく首を傾げた彼女は、「ん?」と言いながら、更に秋臣の全身を嗅いできた。
「ちょ、ちょ、なに。というかこんな女の子が、なんで校内に」
女の子は可愛い。
でも状況がマジでわからないし、何よりこの男は、やばい匂いしかしない。
確認したいことが何なのかわからないけど、ここは逃げるが勝ちだ!
そう悟った秋臣が足を蹴ろうとした瞬間、少女が脚にしがみついてきた。
「律。この子、いい匂いがする。知ってる匂い」
「やっぱりそうだったか。昨日のあれはこいつか」
脚から離れず、くんくんと嗅ぎ出した少女、こちらを見て深く納得したような男。
意味不明のやりとりで思考を停止した秋臣の頭の中に、ひとつだけ最重要案件が浮かび上がった。
「あああ! バイトの面接!」




