機密任務、伏兵モモリ
「ハキオさん、いつもお疲れ様です」
「ハッ、冬吾サマ! すいやせんすいやせん、冬吾サマがいらっしゃることにも気付かず。さささ、お通りください」
「いえいえ。いつも綺麗にしてくれて、ありがとうございます」
にっこりと微笑みながら隣を通った秋臣は、ハキオがいる地点から、間継までの部屋の距離を目測する。
彼の掃除は完璧だが、時間がかかる。少なくとも二十分はかかりそうだ。
仕方ない。タイミングを見計らうのも、作戦のうちだ。
そうして自室に入ると、座椅子に腰掛けて、時計を見た。
「こんなことなら、あの時遠慮せずに、間継さんの隣の部屋にしてもらうんだったなぁ」
この屋敷に住みこむことになった時、最初は十畳の部屋に通されたのだ。しかし、あまりにも広すぎて居心地が悪いと、この六畳半の部屋にしてもらった。
隣の部屋なら、さっと入れたかもしれないのに。
迷惑料の代わりに、家賃はいらないと言われていて、さすがに気が引けたのもあったが……
「モモリさんを味方につけられたら強いんだけどなぁ」
いや、これは自分の機密任務だ。彼女を巻き込むわけには行かない。
秋臣の作戦、それは、間継に休暇を取らせよう作戦だった。
毎日働きづめ、睡眠もほとんど取れていない彼を元より心配していたが、佐京を見て、更に心配になったというのが本音だった。
それに……
「学生らしく遊べって言うけど、間継さん、自分も学生だって自覚あるのかな」
彼が三回生であることを知ったのは最近だったが、就職のことを考え始める忙しい頃だろうに。
「まぁ、間継さんは就職しないんだろうけど」
待て。じゃあ、なんで大学行ってるんだ?
そこまで考えた時、ハキオの影が部屋の前に見えた。
そうだ、彼にこの部屋を掃除してもらえば手っ取り早い。彼は拭き掃除もプロ並みだ。
さっそく秋臣は、作戦を変更することにした。
「ハキオさん、すごい申し訳ないんですけど、僕の部屋から掃除してもらっていいですか?」
「ハッ! もちろんでごせぇやす! 冬吾サマ! 気付かず、すいやせんすいやせん。拙が鈍いばかりに」
「いやいや、ハキオさんにもハキオさんのペースがあると思うし、無理言ってすみません~」
秋臣はそう言って、さっと道を開けた。
早速部屋を掃除し始めてくれたハキオの姿を確認しながら、そっと足音を消して、奥へ向かう。
大丈夫、気づかれていない。忍び足で突き当りまで到着した秋臣が、さぁ、間継の部屋の扉を開けようとした、その時だった。
「冬吾様?」
伏兵の声がした。モモリだ。
「あ、いや。あれー? おかしいな、俺の部屋ここじゃなかったっけー?」
いつしか近くに来ていたモモリが、エプロンで手を拭きながら、首を傾げる。
「こちらは主様のお部屋でございますよ。お疲れですか? 湯の支度でもして参りましょうか?」
疑うわけではなく、不調を気にして来たモモリに、秋臣は一瞬考えた。
どうする? 彼女に湯を張ってもらっているうちに入るか? それが賢いやり口だ。
でも……
「どうなさいました? 連日のお勤めで、まさか熱でもおありとか……?」
あまりの献身具合に、彼女に嘘をつくことは、良心が許さなかった。
秋臣は勢いよく、その場に正座した。
「あの! 俺の作戦を手伝ってください!」
「……冬吾様!? およしください。私めなどに頭を下げてはなりません」
モモリの慌て用に、ハキオが部屋から顔を覗かせた。
こうなればもう……屋敷の妖怪全員を巻き込むしかない!
秋臣は、一世一代の覚悟で腹を括ることにした。




