段ボールと、秋臣の狼狽
間継は扉を使って、都内に来ていた。
あ、あいつのために扉開けてやるの忘れてた。まぁ、いいか。なかったらなかったで、屋敷で寛いでるだろ。
今さら屋敷に引き返すのも面倒くさい。
メモ帳に書いた文字に赤線を引いた間継は、ふぅと一息、空を見上げる。
昨日のうちに重世の役人には、今月の人世に迷っていた妖怪の分の、住人名簿は伝えてあるし、境裂けの修正報告もしてある。
あとは……都内の中心部から、少し外れたビル群のうちの一つに目を留めた。
ここに来るのも久しぶりだな。
間継家の会社はペーパーカンパニー同然だが、ちゃんとビルがあった。持ちビルだ。
管理が面倒で、誰かに貸し出しなどはしていないが、報告書関連はこっちの住所に届くようにしていた。
急ぎの用なら、この前みたいに式を飛ばしてくる。こっちに溜まってるのは、やってもやらなくても大して問題のないような書類だけだった。
「面倒くせぇ、後処理くらいあっちがやれっつんだ」
そのうちの一つが葛城家だ。先日のビルの境避けの報告書を、早く遅れと急かされていた。
案の定、ポストには封筒の山。それを抱え、内階段を上った。
唯一使っている部屋に、鍵を指した時、ふいに後ろから声がかかった。
「あ、間継さん! よかった! また不在だったら電話しようとしてたんですよ!」
振り返るとそこには配達員が、大きな段ボールを持って立っていた。
また不在? 何か頼んだろうか。いや、記憶はない。
思わず、段ボールを見て眉を寄せた時、相手が伝票を見せてきた。
「宛先はこちらで、名前は冬吾秋臣さん? になってますが、合ってますか?」
「ああ、合ってます」
そうだった、冬吾にこっちの住所を貸したことを忘れていた。
どうやら彼の実家からで、生ものらしい。
「何度もすみません、エレベーターも止めてあったので――」
段ボールを受け取った間継が、うっと呻く。重い。
「大変な思いを……」
「いえいえ、これが仕事なので。では」
颯爽と踵を返した配達員を見送り、間継は手の中の段ボールを見た。
どうにか扉を開けて中に入る。
「まったく、何が入ってんだよ」
電気は通してあるが、冷蔵庫は置いていないというのに。
頭の中で、書類と中身の知らない生ものがぶつかった。
「しゃあねぇな」
食べ物を粗末にするわけにはいかない。間継は印を組み、今しがた開けた扉へと呟いた。
「モモリ」
「はい、こちらに」
「あいつどこ行った? ひとりかくれんぼでもしてんのか?」
屋敷に戻ると、秋臣が見当たらなかった。
「それが、屋敷の周りを散策してくると仰ってから、まだお戻りになっておらず」
モモリはエプロンの裾を掴みながら、気まずそうに言う。
「わかった。邪魔して悪かったな。せっかくだから、昼飯も食べていくことにする。
これも持って行ってくれ。生ものらしいし、仕方ないから開けてもいい」
「承知いたしました。お預かりします。昼食の件は、カマヒコにお伝えしておきますので」
あの重い段ボールを軽々と抱えた屋敷付きの妖怪は、さっと台所側へと消えていった。
さて、問題は屋敷の外に探険に出かけただろう、十九歳児だ。近くにいればいいが……
間継は不安を感じながら、玄関扉を開けようとした時、向こうから先に開かれた。
稀に見るほどの意気消沈した様子で項垂れた秋臣が、ハッと顔を上げた。
「あ、あ、間継さん! もう帰ってきてたんですか!?」
間継は秋臣を上から下まで目を滑らせた。怪我はないし服も汚れていない。どうやら、馬鹿みたいに竹林へ入ったわけではなさそうだった。
じゃあ、このわかりやすすぎる狼狽の理由は?
じとりと睨むと、秋臣が目を逸らした。
「え、え、えっと……とりあえず俺、お腹空いたなぁ」
ぎこちない挙動で靴を脱ぎ、隣を通り過ぎた彼の肩をぐっと掴んで押しとどめる。
「おい、どこでなにをしでかした」
錆びたカラクリ人形のように、固く首を回した秋臣は、ようやく観念したのか、あったことを話し始めた。




