木戸の先に、父見つく
うーん、特にこれといって何もない。というか、面白くないくらいに整理されている。
冬用のタイヤだとか、車の簡単な手入れ用品だとか……
「あ」
奥の棚に古びた何かを見つけた。ボールだ。
子供用のサッカーボール? 完全に空気は抜けているし、もう使えそうにない。
なんでこんなものを。
「ははーん、間継さんの思い出の品ってやつかな?」
いや、でもあの人が思い出の品をガレージに置くか?
子供の間継律を想像してみた秋臣は、口を歪めた。
無駄に賢くて、口が悪くて、可愛げのない子供だったのに違いない。
「子供の頃に間継さんと知り合ってたら、絶対に泣かされてたやつだわー」
ほら、俺? ちょー純粋で、活発で、でもちょっと繊細な子供だったし。
口の中で呟きながら、探索を再開した。
棚の向こう側に回ると、木戸があった。
倉庫か何かかな? 手をかけると、普段から使われているのか、簡単に開いた。
中は予想と違っていた。狭い三和土と上がり框があって、そこから細い廊下が続いている。
電気をつけるところはない。そのせいか、少し陰鬱な空気が漂っている。
一瞬だけ躊躇った秋臣は、靴を脱いで、廊下に上がった。木の床がぎしりと音を鳴らす。
これも全部、間継の謎を解き明かすため……!
古びた土壁に左手をつけながら進み、しばらくすると、土壁は古びた障子に変わった。
突き当りには小さな庭があった。廊下は右にだけ続いており、更に突き当たった先には、洗面台とトイレしかなかった。
振り返った秋臣は、残る謎。障子を見据えた。
耳を近づけ澄ましてみる。人の気配は……
「誰かな、律でも鈴音でもないね。入っていいんだよ」
突然の声に、秋臣はぎょっとして一歩下がった。
ま、まさか……人がいるなんて……! どうしよう、どうしよう、どうしよう!
あれ、でもさっき……
秋臣はそっと障子に手をかけて、おそるおそる開く。中は広い和室だった。
奥に視線をやると、布団の中で上体だけ起こして、こちらを見つめる男性がいた。
「あ、えっと、俺! 怪しいものじゃないです!
間継家の謎を追っていただけで、不法侵入とかじゃありません! むしろ、間継さんのところでバイトしてて!」
「間継家の謎……?」
思わずまくし立てた時、男性が首を傾げた。秋臣があっと口を抑える。
「いや、えっと、そういうごっこ遊びといいますか……、決して後ろめたい腹づもりがあったわけではなく」
すぐに弁解に切り替えた時、男性が小さく笑った。
「君が律の言っていたバイトくんか。話より断然面白い子だね。どうぞ、中に入ってきなさい」
「あ、はい。失礼します」
中に入った途端、むわっと何かの香りがした。これは……花?
原因を探って部屋を見渡すと、間のふすまを取り払ったのだろう、続き部屋になっていた部屋の四つの角と鴨井には、菖蒲と菊、それぞれで出来た薬玉が吊るされていた。
「匂いが気になるかな? 申し訳ないね。僕にはそれが必要でね」
「いえ、そんなこと全然。あの~もしかして、間継さんのお父さんですか?」
一目みた時から似ていると思っていた。
銀の抜けたような黒色の髪は、間継よりも更に明るく、長く伸ばされている。
頬はこけてしまっているが、顔立ちも、何よりも目元が似ていた。
地味だが、楽そうな浴衣を着て、柔らかい雰囲気を纏った彼が、にっこりと微笑んで頷いた。
「間継佐京といいます」
「初めまして、冬吾秋臣です」
改めて名乗った秋臣は、小さく頭を垂れる。
「そう畏まる必要はないよ。何せ、当主を退いてもう長いし、今は見ての通り、ただの病人だからね」
「あ、はい。いや、そういうわけには……」
雇い主の父親なんだぞ。しかも、あの、間継さんの父親!
間継さんだって、妖怪に対してはこんな感じで柔らかいし、礼儀正しい。でも一枚皮を剥いだら、あの傍若無人ぶりだ。
下手に刺激して、鬼が出てもらっては困る。間継父が余計なことを間継さんに報告して、怒られるのはもっと困る。
「あ! 俺、レポートをしなきゃいけなくて~。来たばかりで申し訳ないんですけど~」
うん、退散しよう。そう思って、背を向けた瞬間だった。ごほごほと咳き込む声が聞こえてきた。
あまりの苦しそうな声に、秋臣はたまらず駆け寄り、近くにあった水を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまないね。ちょっと……」
言いかけて、また咳き込んだ彼は息を荒くしながら、近くの棚を指差した。
「あの棚の上から、二番目にある丸薬を取ってくれないかな?」
「あ、はい!」
言われた通りに棚を開けると、小さな黒い薬を白い紙の中に見つけた。
佐京が水でどうにか飲み込む。しばらくして、彼の呼吸は落ち着いたようだった。
「戻ると言っていたね。申し訳ないけれど、律に今日はもう薬を飲んで伏せっているから、来なくていいと伝えてくれるかい?」
「あ、はい」
つい頷いてしまった後で、後悔した。
ここを探し当てたことを、間継にどう説明すればいいだろうか……
それでも病人の言づけなのだ。聞かないわけにはいかない。
「じゃあ、佐京さん。ゆっくり休んでくださいね。コップにお水足しておくので」
「ありがとう。そうだ。今度また来た時には、間継家の謎とやらをお披露目させてもらうよ」
しっかり覚えられていたらしいことを知った秋臣は、顔を引きつるのをどうにか堪えて、会釈を返す。
廊下に出て、障子を閉めようとした時、すでに布団に入っていた佐京のひとりごとのような言葉が聞こえてきた。




