間継家の謎、追ひ始む
怒涛の仕事の波が過ぎ去り、世間のお盆休みが終わった次の日だった。
「ほら」
間継が、白い封筒を渡してきた。
なにこれ、果たし状? それとも損害賠償請求!?
「え、なんですかこれ」
怖くて受け取れない。手を迷わせていると、彼が顎をしゃくってきた。
「ボーナスだよ、ボーナス」
ボーナス、って……
「あのボーナス!?」
「それ以外なにがあるんだよ」
「え、いや。だって……」
言いながら、ちらりと封筒を覗く。札の頂点におわすおじいちゃんと目が合った。
「いやいやいや、悪いですよ! たしかに、俺はちょー頑張ったし、貰っておかしいことはないけど? でも時給も貰うわけなんだし!? なんか申し訳ないとか!?」」
パニックに陥った秋臣が、本音と遠慮を早口で話し始めた時、封筒の上側を間継が指で挟んだ。
「いらないんだな?」
「いります!」
封筒を魔の手からさっと引き離し、胸に抱き、さらに背を向けた。
「もうこれは俺の手に渡りましたからね! 返してほしいって言っても返しませんからね!」
「なら、最初から素直に受け取れってんだよ」
呆れたような笑いに振り返ると、間継は羽織に腕を通していた。
「今日も仕事ですか?」
「ああ、お前はしばらく休みな。ここ最近ずっと仕事させてたし。学生は学生らしく、遊んで来い」
たしかに。このバイト初めて、三週間ほどほとんど休みなしだった気がする。
「わかりました!じゃ、俺の手が必要になったらいつでも呼んでくださいよね!」
「しばらく後処理だから呼ばねぇよ。レポートちゃんとしとけよ」
間継がふすまの先へ消えていった。
最後の最後に彼が残していった学生の現実を、封筒の中のおじいちゃんを見て即刻追い払った秋臣は、早速スマホを取り出した。
湊何してんのかなー、どこ遊びにいこうかなー。
せっかく都内に出てきたんだし、ちょっと遅くなったけど、本格的な都会デビューを果たさないと! 湊と一緒に、女の子の一人や二人や三人に声かけて……
口に出して呟きながら、湊にメッセージを送った。
返信はすぐにあった。
『ごめん、俺まだ実家なんだわ』
画面を数秒見つめた秋臣は、ナンパ計画が数秒で瓦解したショックに、再び封筒の中身を見る。
おじいちゃん、俺の味方はおじいちゃんだけだよ。
しょうがない。とりあえずひとりでどこか繰り出すか。
あれ、待って?
「間継さあああああああん! 扉、扉開けていってえええええ」
ここが京都なの忘れてた! 扉開いてもらえないと遊びにすらいけない!
屋敷に秋臣の叫びが響き渡った。どれだけ探しても、もう間継の姿は見つからなかった。
やることがない。
秋臣は縁側に座り、庭をぼんやり眺めていた。
鈴音を呼んでみたが、彼女は間継が呼ばないと現れてくれない。
朝から露天風呂もいいとは思ったが、そんなことしたら、寝てしまって休みが終わる可能性もあった。
レポート? 今日じゃなくてもいい。うん。
「屋敷の周りでも冒険してみようかな」
屋敷の外には出たことがない。出るなとも言われてないし、ここに座っていても退屈を持て余すだけだった。
思い立ったが吉日。秋臣はさっそく玄関へと足を向けた。
「冬吾様、どちらに?」
玄関扉を今まさに開けようとした時、モモリが声をかけてきた。
「ちょっとこの辺りをぶらーっとしようかなって」
「この辺りは竹林で、足元が悪いのでお気を付けくださいな。私どもは迎えに参れませんので」
彼女は卵のような白い頬に手をあてて、心配そうに小さな眉を下げる。
「大丈夫大丈夫、屋敷の周りをぶらぶらするだけだから!」
玄関の引き戸が、がらがらと軽快な音を立てる。
飛び石の上を歩き、着いた門を開けた先には……
「うわぁ、これは予想以上に竹林」
高くまで伸びる竹が、一面に広がっていた。
前にはちゃんとコンクリートの道路がある。どうやら山の下にまで続いてはいるようだったが、見える範囲だけでもかなり細かった。
とりあえず左右を確認してみた秋臣は、塀に沿って、右に行ったが、すぐに行き止まりに差し掛かり、引き返してきた。
反対側に行くと道路は先まで続いていて、更に左に曲がったところには、開かれたままのガレージがあった。
軽自動車と国産の乗用車の二台が、すぐに目に入った。
「あのほっそい道を乗用車とか無理があるじゃん。俺なら絶対落ちる自信がある」
十八になってすぐに免許はとったが、大学に進学してからはペーパーだった。
どこに就職するかわからないし、田舎だと車は絶対いるわよ、取っておきなさいと言った母が教習所代を出してくれたのだ。
「というか、なんで二台もあるの? 間継さんが屋敷から出て行ってるところ見たことないけど」
そっとガレージの中を見る。特に変わった様子はないし、中も車も綺麗だ。
秋臣は額に手を翳して、車の中を覗きこむ。ティッシュもあるし、小さなゴミ箱もあるし、最近使われた痕跡もあった。
なんか……探偵みたいでわくわくしてきたかも。
〖追え! 間継家の謎!〗
秋臣の頭の中には安っぽいテロップとともに、これまたどこにでもあるような軽快な音楽が流れた。
「間継さん、ちょっと失礼しますねー、ああ、勝手にしろ、言質取りましたからねー」
都合の良い記憶を捏造し、更に奥に進む。




