陽の中がお似合ひだ
ゆ、幽霊!? いや、違う。カチリという音、見落としそうなほどの火の明かりが、一瞬見えた。
まさか本当に、こんなところに人間が……?
間継が眉を寄せて、こちらを見てきた。
「え?」
これはもしや……いつもの感じで、今回は人間を捕まえろっていうあの……
「いい。お前はこの階段だけ塞いでおけ。出来る限りこっちくんなよ」
「え?」
逆に? なんで?
羽織を脱いで渡してきた間継が、足音を殺して進み始める。
彼を見守っていると、ふいに懐から何かを取り出した。小刀に見えた。
不穏すぎる雰囲気に、思わず固唾を飲む。
穴の開いたコンクリート壁に彼が差し掛かった時、「なに~?今日はまだ早くないー?」と女性の声が聞こえてきた。
「昼も夜もわかんなくなっちゃったんでしょー。あれ、今どっちだっけ」
他の女性の声が続き、笑い声が響いた。先ほどと同じように影が揺れた。
そちらを注視していた秋臣は、今更ながらに気づいた。影じゃない。あの黒い靄の気配だ。
ふいに穴から女性が顔を出す。間継を認めた瞬間、表情が警戒を露わにしたがそれも一瞬で、首を傾げていた。
「誰にここ聞いたの? あの人の紹介?」
「ああ、初めてなんだが、ちょっと遊んでみたくなってな。もう一人の女の人もいるか?」
女性に答えた間継が、背の方に小刀を隠しながら、ちらりとこちらを見てきた。その時にはもう一人の女性も顔を出し、すぐに二人がコンクリートを回ってこちらへやってきた。
若い、自分たち同じくらいに見える。
二人と間継が向かいあったその瞬間だった。
左手で印が結ばれた。
「間継律が、これに謹んで奏上す。人世に根差すことなき念、その身を離れ、その身を断ち切れ」
早口で唱えられたと同時に、振り上げた小刀が女性のひとりを裂いた。途端、彼女は糸が切れたように崩れおちる。
隣にいた女性が、悲鳴をあげたのも一瞬、何を思ったのか逃げるのではなく、間継に襲い掛かった。
危ない……!
秋臣が駆けようとした瞬間、間継がさらりと身を躱して、女性の腕を掴み、伏せる。そしてその背へと小刀で振り落とした。
秋臣がホッとしたのも束の間、女性二人の体から黒い靄が立ち込め、天井を覆う。残留思念の塊だった。
間継が再び印を結び、天井へと右手を翳す。薄暗いビル内に、目を焼くような光が放たれた。
「言われた通り、警察に連絡しておきましたけど。匿名で」
廃ビル内に女性二人が倒れている。危ない感じだった。
そういう節の通報をしろと間継が言って来たのだ。小刀で斬り払った彼女たちは、無傷だった。
どういうカラクリなのか、秋臣には人間から残留思念だけ切り離したように見えてきた。
「なんで間継さんひとりでいったんですか」
崩れ落ちそうな階段を慎重に下りながら、前の彼に問う。
今回自分は何もしなかった。女性相手だから大丈夫だと判断したのか? いや、あの時点で女性だとはわかっていなかった。
「あ? お前が余計なもん吸い込んだら、責任取れねぇからだよ」
「余計なもの……?」
そんなのあったっけ? 濁ったため息が返された。
「いや、なんでもない。お前は知らなくていい」
「え!? なんですか!? 逆に気になるんですけど! 教えてくださいよ!」
「お前のお天気頭には、陽の中がお似合いだっつってんだよ」
「すごいディスってくるじゃないですか! 今回俺が役に立たなかったからですか!?
あ、でもちゃんと時給には入れててくださいよね!」
今回だって、何もしてないけど、このビルを歩くだけ危険だったのだ。給料をもらわないと割に合わない。
間継は嫌そうにこちらを見て、手を払った。
そういえば……秋臣は一度後ろを振り返る。
どうしてこんな廃ビルに女性がいたんだろう。危ないのに。
なんかお酒に酔ったみたいな? テンションすごく高かったけど。昼から飲んだら周りがうるさいから、ここで密会してたとか? まぁ、そういうこともあるよね。
「俺も早くお酒飲めるようになりたいなー。あと一年かー」
そういえば、間継さんって年上だからもうお酒飲めるのか。来年、俺が成人したらあの人を酔わせてみよう。
そんなことを思った秋臣は、シートの外に出た。薄く漂っていた雲はいつしかなくなっていて、空は真っ青に晴れ渡っている。
「あー、ようやく戻ってきたって感じ」
一時間も経っていないのに、何故か太陽が懐かしく思えた。




