廃ビルの影、ふいに揺らぐ
志水が運転する車で、本日四件目の場所へ着いた。
都心から少し離れた青いシートで覆われたビルだった。
一軒目がちょー高級そうなビルで、二件目が都内で一番土地代が高い場所のショッピングモールで、三件目が何故か地下鉄で、四件目が……
秋臣は、シート前に張られた工事看板を見る。文字は雨風に晒されたせいか、掠れてほとんど読めなかった。着工日が、もう数年前だ。
「え、なに? いきなり幽霊案件?」
まだ昼だよ? 正午すぎたばかりなのに、なんでこの辺りこんなに暗いの? お日様どこいった?
ビルと前の紙を三度、秋臣が見比べている間に、間継の姿は中に消えていた。
「ちょ、間継さん。これ終わったら昼ご飯にしましょうよ。ねぇ、ねぇ、ひとりでいかないで!? 俺帰っちゃうよ!?」
後ろを振り返るが、志水と車はもうない。どこいった、あのSP。
仕方なく、秋臣は間継を追って、柵の中に入ることにした。
かつては、何かのビルだったのだろう、剥き出しのコンクリートの構造がそう物語っていた。
マンションではない。商業ビルだったように思える。
解体工事途中で放り出されたのか、至るところに瓦礫が落ちていた。
秋臣は間継にすぐ追い付いた。昼に入って空は薄曇りになり、シートで全方面覆われた中は更に薄暗い。
「間継さん、何探してるんですか」
ゆっくり歩き進めながら辺りを見渡している彼にそっと尋ねる。彼は足元に落ちている何かを見て、首を捻っていた。
「ここらで憑かれたやつがいるって報告があってな」
「え、人間? 間継さん妖怪専門でしょ?」
「俺は妖怪専門だよ。ただ、ちょっと放っておけない事情がある」
間継の近くまで進んだ秋臣が、足元を見る。見かけない物が落ちていた。
ガラスの破片と、筒状のガラス? あと何故か銀紙とか、小さなストローとか、誰かここで料理でもしてたの?
「余計なもの拾ったり食うなよ。あと走ったり騒いだりもするな」
それだけ言って、間継はさっさと進みだした。
「俺のこと犬か何かだと思ってるんですか!? こんな場所にあるもの拾い食いなんてしませんよ!」
家なら落ちても、三秒ルールで食べるけど!
前を行く背は、どこか険しい雰囲気を漂わせていた。
階段に差し掛かった。当然のように上がっていく彼を見て、秋臣は戦慄を覚える。
案の定、足をかけるとコンクリートの端が、欠け落ちていった。
「だから何探してるのか教えてくださいよ」
「あ? さっき憑かれた人間がいるって言っただろ」
「下ならまだしも上にいる気はしませんけど!」
こんな廃ビルの上までいくのは、ネットの配信者か、幽霊好きか、自殺願望者だけだろ!
すると前から、呆れたようなため息が聞こえてきた。
「今日は説明も面倒だから、とりあえず人間か、妖怪か、変なものあったら教えろ」
俺だって人間相手に仕事なんてしたくねぇんだよ。はー、面倒くせぇ。近くに妖怪の住処さえなきゃ放っておくのに。そもそも人間が憑かれるなんて自業自得なんだよ。なんで俺が人間の尻ぬぐいまでしなきゃなんねんだよ。
よほど疲れてるのか、それほど人間相手の仕事をしたくないのか、珍しくぶつぶつと文句を言い始めた間継。
いや、それだけ喋れるなら、説明してくれてもいいだろ。
てか、この人。全人類が敵だと思ってるのか?
怪訝に思った秋臣が、彼の肩辺りの彼岸花の刺繍を見つめていた時、突然その背が止まった。
「うぉっ」
ギリギリ止まろうとしたが、その背にぶつかる。足元でがらりと音がした。
後ろを見た秋臣は、ひやりとした。
「ちょっと! せめて俺が上がり切って止まってくださいよ! 俺が階段から転げ落ちたらどうしてくれるんですか!」
くわっと目を見開きながら、最後の一段を上がり、間継を覗き込んだ。しっと、口元に手をあてた彼はじっと一点を見つめていた。
なに……? 秋臣もそちらを見る。間が抜け落ちたコンクリート壁の先で、ふいに影が揺らいだ。




