皮肉通ぜず、溜飲下がる
「今日はこちら、うちが貸し切っとりますのに」
口元に手をあてながら一度は視線を下げた女性が、そっとこちらを眺めてきた。
「あ、俺。間継さんの仕事を手伝ってて」
秋臣は思わず、手を振る。弁解じみた言い方になった。
「ああ、間継はんの……」
悠然とした足取りで、こちらへやってきた彼女が上から下まで見てきた。
視線が目に戻ってきた瞬間、手に持ったセンスで口元を隠し、ふふっと破顔する。
「こんなはよぉから、えらいすみませんねぇ。なんせ、うちはお家の格好つけるだけでも一苦労で。間継さんとこは気ぃ遣わんでよろしいさかい、身軽でよろしいなぁ。それに、そちらの坊はんみたいな、頼りになる子ぉもいてはるし。志水はんとも、相変わらずお付き合いの幅がお広いことで」
優雅な口調でそう言って来た彼女に、秋臣はキョトンとした。
坊はんって、俺のことだよね? 今、俺褒められたよね? え? なんか嬉しい。
「いえ、俺なんてまだ全然。
やっぱりお家が大きいと色々大変なんですね! そう思うと、俺はやっぱりこじんまりしてる方が、性に合ってるのかなぁ。なんだかんだこの仕事手伝い始めて、愉しいこともあるし」
たまにだけど。
思ったことをそのまま言った途端、広げた扇子が若干閉じられた。
一瞬、妙な空気が通り過ぎた気がして、女性を見る。彼女はニコニコとしたままだった。
「あ! 俺、そろそろ仕事に戻らないと」
女性との会話の間、間継から任されたことを忘れていた秋臣が声をあげる。
「ほな、後のことは頼みましたえ。間継はんにも、あんじょうお伝えくださいましね」
柔らかい動作で微笑んだ女性は、老齢とは思えない軽やかな動作で背を向けた。
背は小さいけど、気品、オーラっていうのかな? 存在感がある。すごい人だったなぁ。
頼りになる子かぁ。見てくれてる人は見てくれてるっていうけど!褒められたらやっぱり嬉しいなぁ。よし、残りの階も頑張って見て回ろう。
秋臣は颯爽と踵を返して、階段を降りていった。
§§§
年々、この時期の仕事が辛くなってるな。
紙垂の中心部で正座をしたまま、斎串だけは床に押しとどめ、俯いていた間継が、心の中でぼやいた。
この仕事を始めたのが、十四歳だった。あの時は一週間まともに寝なくてもなんともなかったんだが……
まだ二十二で、若いはずの自分の体を間継は疑った。
人間が備え持つには、分が過ぎる妖力とその器。それを使う度に、肉体は消耗していく。
千年も前から陰陽師という生き物は、長生きするのが難しかった。
「まだ問題はないはずなんだがな」
秋臣にビルを探索してこいとは言ったものの、他の裂け目なんてあった時には、今日の仕事に支障が出そうだった。
それに……あの老女の姿が蘇る。
葛城の人間と鉢合わせたくないがため、朝早い時間を選んだというのに、鬱陶しい。
分家の老女でさえ、見下してくるようなあの視線。
うんざりしたような溜息を吐き出し、間継はおもむろに懐からスマホを取り出した。
三十分。紙垂の中を確認する。何の問題もなく、固定出来た。
他の境界守だと一時間はかかる作業を、間継はその半分で出来た。
境界守の中でも、特に境界を結ぶ力が強い。それは彼が境界守でも異端だったからだ。
「次は……」
今日は、妖怪を相手にする仕事は入れていない。都心の裂け目修復と、浄化、あとは――
「間継さーん!」
能天気そう声が飛んできた。
ようやく立ち上がった間継が振り返る。上機嫌で手を振りながら駆けてくる、秋臣がいた。
「聞いてくださいよ! さっきあの着物の女の人とばったりあったんですけど!」
あ、あのおばあちゃんですよ、おばあちゃん。
間継が眉を潜める。
「なんか褒められたんですよ! 頼りになる子もいて、いいなみたいな!」
意気揚々と話し続ける彼は、葛城の人間の言葉を教えてきた。
「それで? お前なんて返したんだ」
「え? どうって普通に……」
それに対する返答を聞いて、間継は思わず失笑する。
あのいけすかない老女の顔が浮かんだ。
どう考えても皮肉だろ。しかし、秋臣には欠片も通用しなかったらしく、むしろある意味の皮肉で返していた。
「え!? 俺、なんか失礼なこと言いました!?」
「いや、百点満点だ」
「え! 間継さんにも褒められた!? どうしよう!? 嬉しいけど、もしかしたら俺死ぬかもしれない」
いいことが続いたあとは、ドンっと悪いことが来るって言うし……
上がったり下がったり忙しい秋臣が言ったらしい返答を今一度思い出した間継は、また小さく笑いをこぼす。
こいつのおかげで、少しは溜飲が下がったな。
見た目で判断するなって、昨日言ったばかりなんだが、どうせこいつは忘れてんだろうな。
心なしか、体が楽になった気がした間継は、さっさと紙垂を回収することにした。




