葛城の宴、律の境結び
「よぉ、来てくれはりました。間継はん」
着物を着た老齢の女性が、二人を迎えた。
面と向かった間継は挨拶もなしに、羽織の中で腕を組んだまま、その隣を素通りしていく。
秋臣は、立ち聳えるビルを見上げた。
いつの間にか、都心の中心部に来ていた。
朝でも目に付く立派な建物、高級車がすでに数台。こんな朝早くから何かあるのか?
「間継さん、いいんですか。無視して」
すぐに駆け寄っていった秋臣に、間継が鬱陶しそうに手を払った。
「いいんだよ、あれは葛城の人間だ」
「葛城?」
そういえばこの前、日本の御三家の中で、間継より北日本を縄張りとする家がそんな名前だった気がする。
「このビル内に境裂けの痕跡があってな。その修復作業をこっちで段取りしてたんだが、あいつらが横やりくれたんだよ。このビルで葛城家関係のセレモニーするから、こっちでするってな」
だというのに、直前になって、優先事項が出来たや何やで、従来通り間継に仕事が戻ってきたらしい。
東京は本来、間継の縄張りだ。放り返された仕事を放置出来るわけもなく。
御三家にハグレ陰陽師。この業界も色々ややこしんだな。
豪奢な扉を潜ると、キリッとしたスタッフが迎えてくれた。
「件のことで、一時間ほど邪魔する」
くだんのこと。口の中で呟いたようなスタッフが、一層姿勢を正し、「どうぞ」と道を開けてくれた。
どうなってるんだ? 陰陽師は何かと繋がっているのか?
「葛城家は資産家だからな」
秋臣の心を読むように、間継が言った。
「なんとでもなるし、なんとでも言える」
「はぁ……」
なんか闇の一端を見た気がする。資本主義って怖い。
そうして、間継は真っすぐ七階を目指した。すでに境界の裂け目の場所を把握していたらしい。
辿り着いたのは、人気のない階段の踊り場だった。
「間継律、これに謹んで奏上す。裂けたる境、修まり結べ」
裂け目の範囲に紙垂を張り巡らせ、その中央に正座した間継が、左手で印を結び、右手にもった木の杭のようなものを、床に刺すように置いて唱えた。
踊り場にあった成人男性ほどの長さのある裂け目が、まるで口を閉じるように、塞がっていく。
その裂け目は、いつも使っている林に繋がるあの扉と同じ、昏く七色に光るあれだった。
裂け目が綺麗に消え去った時、大きな吐息が前から聞こえてきた。
だらり、と頭と腕を下げている間継に歩み寄ろうとした時、
「まだ来るな」
囲われた紙垂を潜ろうとした時、制止がかかった。
「三十分このままいないといけない。お前、一応ビルをくまなく練り歩いてこい。もし、同じようなものあったら教えろ」
「え、わかりましたけど。大丈夫ですか? 間継さん」
まるで糸の切れた人形のように動かない彼が、コクリと頷く。
まぁ、何を言っても無駄だろう。そう悟った秋臣は、すぐに言われた仕事の実行へ移った。
「このビル広すぎだろ」
至って平平凡凡とした人生を歩んできた秋臣は、見るからに高級そうなカーペットの上を歩きながらぼやいていた。
今更だけど俺、すんごい場違いじゃない? すんごいラフで動きやすい恰好で来たけど? 夏だし。
間継はさておき、志水の恰好や、キリッとしたスタッフを思い出した秋臣は、途端このビルが異世界のように感じて、気後れを感じた。
いや、この先俺もこういうビルにお世話になる人生を歩むかもしれないし? 今のうちになれておいて損はないよね。うん。
すぐさま思い直した秋臣は、スッと背を伸ばして、モデルの真似事のようにカーペットの上を歩きだす。
気分は高級スーツをパリッと着こなした、大手企業の会長だった。
そうして最上階から階段を使い、間継の指示通り、階ごとをくまなく探索する。
何のための部屋かわからない部屋も多く、入れない場所もあった。
境界の裂け目というのは、人が集まる場所か、逆に人がよりつかない場所に発生しやすい。
そんな間継の言葉を思い出した秋臣が、使われてなさそうな階段へと足を伸ばそうとした瞬間、後方から声がかかった。
「どなたですの?」
「え?」
あの着物の老女がいた。間継が完全無視したあの人だった。




