ハグレ、御三家の下請け
スキンヘッド男は、志水さんと言うらしい。
「久しぶりですねー、元気にしてましたか? って、元気そうではないか」
ミラー越しにこちらを見てきた彼に、間継は答えず、窓側に頭を預けた。
「ついたら起こしてくれ。寝る」
それっきり、車内には小さなエンジン音と沈黙が流れる。
えっと、えっと? うん。 悪そうな人ではないみたいだけど。どういう関係!? いや、仕事関係なのはわかるけど。
秋臣が志水をそっと覗き見た時、「朝からご苦労様です」と目が合った。
「あ、いえ。志水? さんも朝早くから、はい」
軽快な笑いが返される。。
「そんな怖がらなくても取って食ったりしませんよ、妖怪じゃありませんし」
「え!? あ、そういう」
こちら側とは言ったが、陰陽師側には間違いないようだ。
「紹介が遅れましたか。ハグレ陰陽師の管理と統括をしている志水と申します」
「ハグレ陰陽師……?」
「ああ、ハグレというのは昔の名残ですよ。今もどこにも所属したがらない阿呆が多くて」
ハグレ陰陽師。ひと昔前は、大きな家の陰陽師と対立していたらしい人たちの名称らしい。
もう百年以上前までの話だそうだ。
陰陽師の力を持つ人たちの数はどんどん減ってきていて、色々困ったことが起きたそうだ。そこに境界守の鶴のひとこえで、対立していた陰陽師たちは、ルールを規定して力を取り合うようになったとか。
「わかりやすく言えば、御三家の下請けみたいなもんですわ」
「下請け」
いきなりすごく現実的な言い方で、たしかにわかりやすい。
「僕もその阿呆のひとりなんですけど、何やなにやで今、統括する側に立ってしまいましてねー。現場に出ないことが増えたので、こうやって御三家の方の仕事手伝ったりしてるんですよ」
「なるほど……」
ハグレ陰陽師か。すごくハグレっぽい。特に見た目が。
ネクタイも黒だし、お葬式にでもいくの? と思う恰好。いや、こんな怖そうな人が葬式なんか来たら、場内はざわつくに決まってる。
いや、違う。これはむしろ。SPだ。
SPを従えている陰陽師? それはそれでかっこいいな。
都合のいい想像で、一安心した秋臣は、ようやく少し肩の力を抜いた。
「あの、どこに向かってるんですか?」
「間継さんから聞いてませんか? 今日の回り方としては――」
志水の口から、時間単位で回る場所が、次から次へと挙げられていく。
最初の二つ以降、秋臣の頭には入ってこない。
「という感じですね」
終わる時刻が二十時なだけはわかった。
というか、今。休憩の時間なかったよね? ご飯食べる時間すらなかったよね?
秋臣は目だけで隣の間継を見た。
そして鞄の中に入れたものを思い返す。水はある。でも食べ物なんて持ってきてないけど!?
「陰陽師って……保険適応とかあります……?」
思わずそんなことを口にしたとき、また軽快な笑いがあげられた。
「ブラック企業も尻尾巻いて逃げるのが、この業界ですからね。そんなもんありはしませんよ」
「……そう、ですよね」
「でも今日は二十時に上がれるだけ間継さんの配慮でしょうね。バイトと聞きましたよ。いやぁ、愛されてますね。冬吾さん」
名乗った覚えないんだけど。個人情報筒抜けすぎない?
そして、この人たちの愛情の基準がおかしい。
俺、多分、この業界とは一生仲良くなれない。
ふいに忘れていたうなじ下の刻印が、痛んだ。
あー、この刻印から俺の生活が一変したなー。早く普通の生活に……とまで考えた秋臣は、隣で眠る彼を見た。
いや、まだ始まったばっかりだし、もう少し手伝うのも悪くないかな。
その間にも、色々話していた志水とミラー越しに目が合った。
「バイトなら就職したらやめるんですかね? まぁ、そっちの方が賢明だと思いますよ。
何せ、この業界の人は早死にが多いですから」
三度目の笑い声が上がった。
いや、刻印がなくなったら、普通に大学生して普通に就職する! 俺は百まで生きるって決めてるんだ!
どこの妖狐か知らないけど、俺の健やかな人生のために早く現れてくれ!
その時、前から明るいライトが秋臣の視界を白くした。ブレーキ音に遅れて、体が僅かに引き寄せられる。
「おっと、危ない」
停止した車の前には、何台かの車と、着物姿の女性が立っていた。




