間継家の墓、月に浮かぶ
トン、と背に墓石が触れ、秋臣は固まった。
あ、俺、今度こそ死んだ。
手を顔に翳し、目を強く瞑った秋臣が、覚悟した瞬間だった。
暴風が吹き荒れるような音がした。そっと目を開くと、周りには金色の膜が張られてあった。
眼前の残留思念たちが、押しのけようと必死に食い下がってきていた。
「ど、どういう状況……?」
目を見開いた彼は後ろを振り返った。墓石だ。墓石の中心から放たれた光が、結界のように守ってくれていた。
人型をなして、崩して、再び成していく思念の顔が、ふいに月明かりに照らされる。
秋臣が悲鳴を漏らす。
「残留思念ってのはな。その存在の生死にかかわらず、爆発的、もしくは一定の期間、閾値を突破した感情の塊から出来るんだよ。生霊ってあるだろ、あれがわかりやすい。
記憶媒体がないから、自我もない。その部分だけが切り取られた思念の塊だ。だから、器を求めて妖怪や人間に憑りつく」
間継が言っていたことが蘇った。
なんで俺、今そんなこと思い出したの!? まさかこれが、走馬灯!?
眼前の思念たちが、何やら呟き始めた。呪いのような言葉だった。
間継の姿はない。鈴音もいない。なんでいないの!? 見捨てられた!?
金色の膜が、徐々に揺れ始めるた。後ずさった彼が墓石に背を預けた瞬間、後ろから何かが聞こえた。
ふふっとおかしそうに笑うような声だった。
今度こそ本物の幽霊……? いや……!
「幽霊でもなんでもいいから助けて!」
その時、後ろから衣擦れ音と足音がした。
「よかったじゃねぇか。幽霊を克服できたみたいで」
墓石に寄り添うように、いつしかそこには間継がいた。
不敵に笑った彼が、印を結ぶ。それを察したように金色の膜が滑らかな光を漂わせ――消えた。
「間継律、これに謹んで奏上す。念は念として、ここに形を成すことなし。鎮まり、散れ」
◇◇◇
ムスッと秋臣は墓石の前で、座り込んでいた。
「毎回毎回毎回、俺だけ損な役割すぎる」
「拗ねるのはいいとしても、墓石の前に座り込むな」
紙垂を回収し終えた間継が、淡々を言って来た。
彼は秋臣が追い詰めたところで、思念たちが散らばらないよう、再び結界を張りなおしていたことで、来るのが遅れたらしい。
結界ひとつにしても、紙垂で囲まないといけない。
「もっとこう、手っ取り早い浄化方法ないんですか。
ホーリーライト! じゃじゃーん! みたいな! これじゃ俺の寿命が持ちませんよ!」
「漫画の見過ぎだろ。魔法じゃねぇんだぞ」
こちらへ歩み寄ってきた間継が、そっと墓石を撫でる。
「まぁ、お前が逃げ込んだところがここでよかったな。思念がお前の味方してくれたんだろ」
「え?」
思念って……
「お前、俺の説明聞いてたのか?」
「聞いてましたよ、むしろ走馬灯みたいに思い出して、もうそれはそれはしっかり覚えましたよ」
衝撃すぎて忘れられそうにない。
人間とか動物とか、あらゆる存在の強い感情が切り離された、あの黒い塊を。
「でも……」
暗闇に溶け込むように立つ墓石へと振り返った。
思念が守る? 首を傾げた時、間継がため息を吐きだした。
「悪い思念がさっきのあれで、良い思念もある。これなら覚えられるだろ」
「なるほど」
「こっち生まれの妖たちは基本、人間を守るために生まれてんだよ」
物から生まれた付喪神、主人より先に死んでしまった動物の思念から生まれた妖怪など。
それらは‘’良い思念‘’から、立ち上がった存在である。
「妖として生まれずに去っていくものもあるが」
そこからさらに説明をし始めた彼を、秋臣は呆然と見上げていた。
つまり、この墓石に眠る誰かが俺を守ってくれたのかなぁ。それとも墓石に憑く何か?
墓地も怖くない気がする。いや、嘘ついた。
「――この時期は残留思念が特に増える。人間が色々と思い出す時期でもあるからな。
って、聞いてんのか?」
「聞いてます聞いてますー。間継さんが薄情なのは、よーくわかりましたー」
あんなに叫んでたのに、ぎりぎりまで来なかった。間違ったことは言ってない。
すると、おもむろに間継が前に立ち――
怒られると身構えた瞬間、彼は頭を垂れた。
「此度のご助力、深く御礼申し上げます」
「へ!?」
顔を顰めた彼はさっさと踵を返してしまった。
「さっさと帰んぞ」
「え、ちょ。待って、まだ腰が抜けて……置いていかないで!」
どうにか立ち上がり、彼を追う。
ふいに月明かりが差し込んだ。
なんとなく振り返ったところには、「間継家」と刻まれた墓石が淡い光を受け、こちらを見守っていた。




