百鬼夜行、後に従ふ
夏の長い陽が落ちて、夜は更けていた。更けているどころじゃない。もう少しで零時だ。
ひやりとした空気が、肌を撫でる。
お盆から涼しくなると、昔の人たちは言ったみたいだけど……
「寒い! 怖い! 帰りたい!」
秋臣は両腕を抱え、叫んだ。叫ばないと怖気に飲み込まれそうだった。
何故なら――
「なんで! 俺ら! お盆真っただ中の深夜に! 墓地にいるんですか!」
目の前には墓石、墓石、墓石。目の届く範囲全体に広がっている。
月明かりもない。曇りだ。墓石に刻まれた文字すら読み取れない不穏さが、更に恐怖感を刺激した。
「なんでって仕事に決まってんだろ」
悠々と墓地を見渡した間継が振り返る。
「そんなこと聞いてませんよ! 陰陽師ってあれですか!? ブラック企業なんですか!?」
お盆初日。今日は一日ゆっくりしておけ、と休暇を貰ったから、迎え火でもしようかなぁと思っていた。
もう慣れ親しんだ扉を使って、都内のスーパーで野菜を買って、帰ってきたら。
「仕事いくから、用意しとけ」
と、間継が言って来た。この男にとっての一日は、二十四時間ではないらしい。
行先も仕事内容も教えられず(いつものことだ)、たどり着いたのがこの墓地だった。
まず墓地の周りに、紙垂を張り巡らせた。ひとりになるのが怖かった秋臣は、間継の後ろをつきまとっていた。
そして、今に墓地の中央部にいる。
「俺は、幽霊が、一番怖いんですよ!」
人間なら逃げればいいし、最近では妖怪もそうだけど、幽霊はわけが違う。どんなに足が速くて、あいつらは神出鬼没で、撒くことが出来ない。
想像を膨らませた秋臣は、恐怖に体を震えさせた。
「だから、幽霊なんていないっつってんだろ。残留思念の説明、もう一度最初からしてやろうか?」
「いや、いいです。今説明されても頭に入ってこないんで」
前の仕事を終えて、間継はいくつかしっかり説明してくれた。
その半分も覚えていない秋臣が、首を振る。
「そんな怖いなら、さっさと終わらせるぞ。ちょっとお前が囮になればすぐ済む」
間継の言葉に、秋臣は引き締めた唇をぴくりと引きつらせる。
「囮って……?」
「ほら」
間継がとある方向へと指さした。そこには、もう何度も見てきた黒い靄。
「お前の大好きな鬼ごっこしてこい」
いつの間にか背に回っていた彼に、背中を強く押し出された。
待ってましたと言わんばかりに、靄たちが集まってくる。
「鬼はあんただろおおおおおお!」
墓地に叫び声が響きわたる。もうかれこれ、十数分秋臣は墓地を走り回っていた。
その間に、残留思念はどんどん集まっており、彼の後ろには百鬼夜行さながらの、行列が出来ている。
今まで見てきた残留思念とは似ても似つかない。人型だったり動物だったり、色んな形をしていた。
「俺の知ってる仕事と違うんだけど!」
息も切れ切れに、秋臣が空へと言い放つ。
残留思念? もうこれ完全に幽霊だろ! なんなの! どういうこと!?
「まだですか!間継さん! 俺、死ぬんですけど! むしろ殺したいんですか!」
あれに飲み込まれたら、俺どうなるの? 俺も幽霊になるの!?
後ろを振り返った秋臣は、すでにパニックに陥っていた。
あれ、そういえば――なんか、なんだっけ。残留思念。なんか前に説明された。
「覚えてないよ!!」
ひとり叫んだ途端、何かに足が引っかかった。どうにか転倒を避けた秋臣が、手をついたのは……
「ひえっ! すみません!」
一段と大きな墓石だった。
後ろには大木がある。伸びに伸び、地面にまではみ出した根っこに足が引っかかったらしい。
その木には紙垂。その墓石の周りだけ半円状に広がっており、向こう側は木々の群れだった。
激しい既視感がした。
結界の行き止まり……つまり。
「間継さあああああああん!」
結界の外に出れば逃げられるけど、そうするとこの苦労が無駄になる!
凄まじい勢いで、残留思念たちが秋臣へと向かっていた。
人や動物の形をしていた靄たちが、途端形を崩して大きな塊になり、一直線にぶつかってくる。




