送り届けて、律笑ふ
たった三時間だ。いまだ捜索は難航しているだろう。
今日中には見つけたい。
岩亀の子供は海に適していないし、夏の気候にも合っていない。
そもそもで言うと、重世から現世にやってきた妖怪が、環境に慣れて暮らせる確率は、五分五分なのだ。
慣れることが出来ないと最悪、消滅する。
持って五日。急く気持ちを抑えながら、踏み出した間継は呆然とした。
「何やってんだ、お前ら……」
鈴音と秋臣が水の掛け合いをしていた。あれだけ探していた岩亀が当然のように混ざり、足を踏み鳴らして秋臣に水を被せている。
何故か、シラナミノミコトまでいて、愉快げにそれを眺めていた。
たった三時間で、何があった?
境界守でもない人間に、妖怪があんなに懐くのは珍しい。
危険だから、見つけたら俺が声掛けをしようとしてたのに。
「そういや、言い忘れてたな」
ぼそりと呟いた時、間継を認めた秋臣が大きく手を振ってきた。
「間継さーん! やっときた!」
「やっと来たも何も、来なかったら起こしに来いっつっただろうが!」
いつもの癖で反駁してすぐ、そこにシラナミノミコトがいることを思い出して、ハッと口に手をあてる。
「ミコトさんが手伝ってくれたおかげで、見つかったんですよー。俺、すんごいお手柄じゃないですか!」
褒めていいんですよ!? 飛び上がりそうなほど嬉しげに報告してきた彼に、間継は口を引きつらせた。
「おい、何がミコトさんだ。相手が誰かわかって言ってんのか?」
「ちゃんとわかってますってばー。でもミコトさんがそう呼んでいいって言ったんですよ」
ねー? ミコトさん。
こちらへ進み出てきた秋臣が、隣にいるシラナミノミコトへ友人のように呼び掛けた。
間継は予想をはるかに超えた状況に、額に手をあてる。
境界守として、海の一部となっているシラナミノミコトは、敬い機嫌を窺う存在だった。
もし、この場から離れるとでも言おうものなら、天災が起きてもおかしくない。
間継にとって、人間がどうなろうと知ったことではなかったが、境界守としての責任がそうさせていた。
いや。上機嫌でシラナミノミコトと話す秋臣を見る。
そうか。たまたま妖怪が見えるようになった一般人には、高位も下位も関係なく、全部ただの妖怪か。
納得は出来たが、それでも重い溜息が溢れる。
今後もこいつがバイトをするなら、まずこっちのルールを説明しないといけないな。
「申し訳ありません。シラナミノミコト様。こちらの使いが無礼な振る舞いを」
人間の形をした水の塊に、間継はすぐに頭を下げた。
「ちょっと間継さん、俺の話聞いてました?」
「聞いてたから言ってるんだよ! お前、自分の立場弁えろ」
「だーかーらー、ミコトさんがそう呼んでいいって」
「うるせぇ、十九歳児。この方が――」
そんなこと言うわけ……と言いかけた時、シラナミノミコトがこちらを見た気がした。
水の指が、頬を掻く動作をする。
それに間継は呆気に取られた。そんな人間らしい挙動を、初めて見たからだった。
「秋臣を責めてやるな、間継の坊や。境界守としての分は理解するが、わちがそう言ったのは、真だ。
言っただろう。そちがそのような振る舞いをすると、妖もそれに応えねばならんことになる」
つまり、こちらが敬意を払うからこそ、この方もそれに合った振る舞いをしていただけだと?
間継は混乱した。
妖怪は自分のことを敬い、歓迎してくれる。敬意には敬意をもって接してきた。それが間違っているとは思っていない。
「良い良い。今更ながら、変えられぬものもあるよのう」
「ご理解感謝します」
間継は不可解な感情を抱いたまま、それでもいつも通り頭を垂れる。
「まぁまあミコトさん。間継さんには俺からよく言い聞かせておくので」
そんな軽い声が頭の方から聞こえてきて、間継は何もわかっていない秋臣を鋭く睨んだ。
「おい、三歳児。見つけたのは褒めてやるけど、それ以上調子乗ったら減給すんぞ」
「それは横暴すぎますよ!」
さっき一瞬、十九歳児に昇格したのに!
もっとちゃんと褒めてくださいよ! 俺と妖怪の初めての素晴らしい連携プレイなんですよ!? 記念なんですよ!?
いつものように、よく回る口で散々何やら言い始めた秋臣に、間継はそっと息を落として岩亀に歩み寄る。
『体調に問題ありませんか?』
『ん? 体調? あ、もう全然! あの人間がお水くれたから!』
『そうですか』
ザラメと名乗った岩亀の子供は、自分が迷子であることをさっき気づいたらしい。言葉の通じないはずの秋臣が、どうやって彼と意思疎通したのかは謎だったが。
最初は驚きのあまり、秋臣を追いかけまわしてしまったと、彼は申し訳なさそうに付け足した。
『お母さんが、あっちの世界の人間は妖怪ととって食べるような怖い生き物って言ってたけど、全然そんなことないんだね! 遊んでくれて楽しかった!』
『は、はぁ……あれは少し変わってるだけで、お母さまのお言葉も嘘ではないと存じます』
実際、こちらに迷った力のある妖怪が、陰陽師に調伏されることもある。
間継はスッと姿勢を正して、岩亀を見た。
『ザラメ様。境裂けの修復に間に合わず、巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます』
この巨体がこちらへ迷い込んでしまうほどの、境界の裂け目が出来ていたのだ。
出来てから、修復する時間があったかどうかなんて、言い訳にならない。
深く頭を下げた時、影が落ちてきた。
そっと目だけで上を見ると、岩亀の子供は首をぬっと傾げてきた。
『境界守の御方がぼくなんかに頭を下げないで。ちょっと怖かったけど、ぼくは楽しかったよ!』
その視線が後方へと注がれる。そこには秋臣がいた。
妖怪は自分に強く出てこない。それでも苦言を呈されることは多かったが……
まったく、今回はボーナスでも出すとするか。
間継は思わず苦笑して、岩亀に頷いた。
『安心致しました。では、重世へ……と申したいところなのですが』
この巨体をどうやってあちらへ案内するか。
屋敷まで連れて帰れたら、重世への扉を別に開けるが、そもそも屋敷まで繋がる扉を通れない。
間継は、頭の中に近辺の地図を思い浮かべた。
たしか、海の先の無人島付近に、水に棲む妖怪用の大きな扉があったはず。
「おい、冬吾」
シラナミノミコトと楽しそうに話している彼を呼んだ。
首を傾げた後、ちょこちょこやってきた彼に、間継は耳うちする。
ハッと顔をあげた彼が、すぐにシラナミノミコトの方へと戻っていった。
「ミコトさん! あっちの方の扉に、岩亀さんを連れて行ってもらえませんか~!
って、間継さんがお願いしてます!」
「おい」
お前から提案しろって言っただろ、今。この鳥頭。
一度、助力を請うた身として、言いにくいから頼んだのに。
するとシラナミノミコトが何故か、嬉しそうにこちらを見てきた。
「これも乗りかかった船というものだ。もうひと肌脱ぐとしよう」
「重ね重ね申し訳ありません。よろしくお願い致します」
間継は確認として、巻物の地図をシラナミノミコトに見せた。
「そちらも、わちの背に乗せて行こうか?」
「いえ、遠慮させていただきます。私どもは扉がございますので」
岩亀は子供だが、シラナミノミコトがいれば安心だし、鈴音にも後を追わせるつもりだった。
そうして間継は岩亀とシラナミノミコトに挨拶を済ませ、海へと見送ることにした。
隣の秋臣の頭も無理やり下げさせて、しばらく。
遠ざかっていく気配の中で、「は~」と秋臣の声が舞い上がる。
「俺もミコトさんの背中乗りたかったなー。海乗りってやつじゃないですか!」
などと言い始めた彼に、白い目を向けた。
「お前、想像力死んでんのか?」
知ってたか? さっき海で遊んでたお前を他の人間が見たら、ひとりではしゃいでる頭のおかしいやつだぞ。
人間が道具もなしに、海に乗って移動する? 誰かに見られたらどうなるか。
お前の、この、鳥頭では、想像できないみたいだな?
彼の頭をつつきながら、捲し立てた時、何故か笑い声が返された。
「よかった、間継さん元気になったみたいで! 俺、頑張った甲斐がありました!」
もう、本当に閻魔大王みたいに怖かったんですよ、間継さんは自覚なかったかもだけど。
あ、ボーナスとまでは言いませんから、減給はやめてくださいよね!
鼻歌交じりで背を向けた秋臣。間継は途端、自分が馬鹿らしくなって、その背に続くことにした。




