第9話 暴走
ドラグーン出現から約一か月半。
日本各地では依然としてゲートの発生件数が増加していた。
ZERO FORCEは連日の討伐任務。
IAMDA本部も24時間体制で対応に追われている。
だが――。
その日、日本を揺るがせたのはモンスターではなかった。
午前九時二十三分。
東京都・新宿区。
平日の繁華街。
会社員、学生、買い物客で賑わう交差点。
一人の男が人混みの中を歩いていた。
三十代ほど。
スーツ姿。
ごく普通の会社員にしか見えない。
しかし、その男は人気のない路地へ入ると立ち止まる。
胸ポケットから一本の注射器を取り出した。
赤いラベル。
そこには、黒い文字。
LIMIT BREAK DRUG
男は震える手で笑う。
「……これで俺も。」
「能力者になれる。」
迷いなく腕へ突き刺した。
薬液が体内へ流れ込む。
数秒後。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫。
全身の血管が浮き上がる。
皮膚が赤黒く変色し、筋肉が異常に膨れ上がる。
瞳は赤く染まり、理性を失っていく。
「熱い……!」
「熱い……!」
「熱いぃぃぃぃ!!」
轟音。
衝撃波が周囲へ広がった。
コンクリートが砕ける。
窓ガラスが割れる。
通行人たちが悲鳴を上げた。
「きゃあああ!!」
「逃げろ!!」
男は叫びながら車を持ち上げる。
片手で。
そして、そのまま投げ飛ばした。
ドゴォォン!!
炎が上がる。
交差点は一瞬で地獄へ変わった。
同時刻。
IAMDA日本支部・作戦司令室。
警報が鳴り響く。
「緊急事態!」
「東京都新宿区!」
「能力者による大規模暴走を確認!」
オペレーターが次々と情報を読み上げる。
「モンスター反応なし!」
「人間です!」
司令室がざわつく。
「人間だと?」
「能力者が暴走?」
その時。
黒崎蓮司がモニターを見た瞬間、表情が凍りついた。
画面には拡大映像。
男の腕。
そこに刺さったままの注射器。
赤いラベル。
LIMIT BREAK DRUG
黒崎は低く呟く。
「……始まったか。」
司令室へ緊張が走る。
「局長?」
「例の薬だ。」
「全支部へ通達。」
「この事件はS級機密として扱え。」
「ZERO FORCE全隊へ緊急出動命令。」
「薬物使用者は可能な限り生け捕り。」
「繰り返す。」
「生け捕りだ。」
その頃。
国立能力者養成機関。
一年A組。
数学の授業中だった。
ガラッ!!
教室の扉が勢いよく開く。
入ってきたのは桐谷教官だった。
「授業中止。」
教師も立ち上がる。
教室の空気が変わる。
桐谷教官は教壇へ立った。
「全員、モニターを見ろ。」
大型スクリーンへニュース映像が映る。
『速報です。』
『東京都新宿区で原因不明の能力者暴走事件が発生。』
『ZERO FORCEが出動しました。』
燃え上がるビル。
横転した車。
逃げ惑う人々。
そして。
異形へ変貌した男。
教室が静まり返る。
「人間……なの?」
伊藤美咲が震えた声で呟く。
林翔太も笑顔が消えていた。
「これ……能力者?」
桐谷教官は腕を組む。
「まだ詳細は不明。」
「だが一つだけ言える。」
教室全員を見る。
「これが現実だ。」
「モンスターだけが敵じゃない。」
悠真は画面を見つめたまま拳を握る。
(人間が……。)
(こんな姿に。)
その時だった。
校内スピーカーから緊急放送が流れる。
『教官各位へ連絡。』
『ZERO FORCEより支援要請。』
『各教官は待機命令。』
『繰り返す——』
桐谷教官は通信機を見つめ、小さく息を吐いた。
「……現場が人手不足か。」
その言葉に、生徒たちは息を呑む。
彼らはまだ知らない。
この事件が、日本で初めて確認されたLIMIT BREAK DRUG事件であることを。
そして、この一件が世界の均衡を大きく揺るがす始まりになることを——。
桐谷 教官
1年A組担任兼実技教官。
元ZERO FORCE隊員。
厳しい指導で知られるが、生徒一人ひとりをよく見ている。
黒崎 蓮司
AMDA日本支部研究局局長。
リミットリング・リミットベルトの第一人者の天才科学者。
現在はリミットブレイク・ドラッグ事件の調査を指揮している。
老人
学校内で清掃員として働いている謎の老人。
悠真を陰から見守り、「本当にゼロなのか」と意味深な言葉を残す。
その正体や目的は一切不明。
謎の男
薄暗い廃工場でLIMIT BREAK DRUGを保管している謎の人物。
ニュースで報じられる「世界初の完全不適合者・神崎悠真」に興味を示すことなく、ただ静かに計画を進めている。
「世間が何を騒ごうが……興味はない。」
「必要なのは、結果だけだ。」
そう呟き、不気味な笑みを浮かべる。
LIMIT BREAK DRUG事件の裏で暗躍する存在だが、その正体や目的、組織との関係はまだ明らかになっていない。




