第8話 覚悟の証明
「始め!」
その掛け声と同時に、佐伯の姿が消えた。
「――っ!」
悠真が反応した時には、すでに佐伯は目の前まで踏み込んでいた。
ギィンッ!!
激しい金属音にも似た衝撃が演習場へ響く。
悠真は反射的に木刀を構え、防いでいた。
しかし、その一撃だけで足が大きく滑る。
「重い……!」
能力は使っていない。
それなのに、まるで大型モンスターと打ち合っているかのような重さだった。
「防いだか。」
佐伯はわずかに笑う。
「だが、戦場はここからだ。」
次の瞬間。
再び姿が消える。
右。
違う。
左でもない。
「後ろ!」
青木が思わず叫ぶ。
悠真はとっさに振り返る。
しかし、その時には木刀が首元で止まっていた。
「一本。」
静まり返る演習場。
林翔太が小さく呟く。
「……見えなかった。」
伊藤美咲も言葉を失う。
「これが……ZERO FORCE。」
佐伯は木刀を下ろした。
「今ので死んでいた。」
悠真は悔しそうに拳を握る。
(速い。)
(何も見えなかった。)
「もう一度来い。」
「……はい!」
悠真は木刀を構え直す。
再び開始。
今度は自分から踏み込む。
父に教わった剣術。
毎日振り続けた木刀。
すべてを一撃へ込める。
「はぁっ!!」
しかし。
カンッ。
あまりにも簡単に受け流される。
そのまま佐伯の木刀が悠真の手元を弾いた。
木刀が宙を舞う。
「武器を落とした時点で終わりだ。」
「……はい。」
悠真は木刀を拾う。
「もう一本お願いします。」
周囲がざわつく。
「まだやるのか?」
「無理だろ。」
「相手は現役討伐隊員だぞ。」
しかし佐伯は静かに頷いた。
「来い。」
三度目。
四度目。
五度目。
挑戦するたびに、一撃で終わる。
制服は土埃で汚れ、手のひらには赤い跡が残っていた。
それでも。
悠真は木刀を拾う。
「もう一本。」
青木が思わず叫ぶ。
「神崎!もう十分だ!」
大沢も頷く。
「そうだ!ケガするぞ!」
だが悠真は首を横に振る。
「まだ……終われません。」
その瞳だけは、最初よりも強く燃えていた。
佐伯は少しだけ表情を変えた。
「いい目だ。」
六度目。
佐伯が一歩踏み込む。
その瞬間。
悠真は今までとは違う動きを見せた。
真正面ではなく、半歩だけ横へずれる。
ヒュッ。
木刀が鼻先をかすめる。
「避けた!」
木村彩花が驚きの声を上げる。
桐谷教官も目を細めた。
(今の動きは……。)
佐伯も僅かに笑う。
「見えてきたか。」
悠真は息を切らしながら構え続ける。
「でも、まだだ。」
ドンッ!!
次の瞬間。
佐伯の体術による蹴りが悠真の腹部へ決まった。
「がっ……!」
数メートル吹き飛ばされ、地面を転がる。
演習場が静まり返る。
「神崎!」
伊藤が駆け寄ろうとする。
しかし悠真は手を上げて止めた。
「大丈夫……です。」
ゆっくりと立ち上がる。
足は震えている。
息も乱れている。
それでも木刀を拾う。
「お願いします。」
その一言だった。
佐伯は木刀を肩へ担ぐ。
「……そこまでだ。」
悠真は驚いたように顔を上げた。
「え?」
「十分だ。」
佐伯は一年A組全員を見渡す。
「お前たち。」
全員が姿勢を正す。
「今、神崎は一度も勝てなかった。」
誰も否定できない。
「だが。」
佐伯の声が演習場へ響く。
「最初の一撃は見えなかった。」
「六度目には避けた。」
「戦いながら学んだ。」
静まり返る演習場。
「これが実戦だ。」
「才能じゃない。」
「経験だ。」
「戦場では、一秒前より成長できる奴が生き残る。」
そして悠真を見る。
「神崎。」
「はい!」
「お前はまだ弱い。」
悠真は真っ直ぐ頷く。
「ですが。」
佐伯は少しだけ笑った。
「お前は、折れない。」
「その覚悟は、本物だ。」
その言葉に、悠真は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その様子を見ていたクラスメイトたちの表情は、以前とはまったく違っていた。
青木が笑う。
「やっぱすげぇよ、お前。」
大沢も肩を叩く。
「俺も剣術教えてくれよ。」
木村は優しく微笑む。
「本当に努力してたんだね。」
伊藤も静かに頷いた。
「神崎君なら、きっと強くなれる。」
その時だった。
桐谷教官の通信端末が鳴る。
ピッ。
「……桐谷だ。」
通信相手の声を聞いた瞬間、教官の表情が変わる。
「……分かった。」
通信を切る。
そして一年A組へ向き直った。
「今日はここまでだ。」
「解散。」
生徒たちが移動を始める。
その横で佐伯が小さく尋ねた。
「何かあったんですか?」
桐谷教官は短く答える。
「IAMDA本部からだ。」
「リミットブレイク・ドラッグの情報提供が入ったらしい。」
佐伯の表情が険しくなる。
「ついに動き始めたか……。」
二人の会話を聞いた者はいない。
その頃――。
人気のない廃工場。
薄暗い部屋に、古びたテレビの光だけが揺れていた。
ニュースキャスターの声が響く。
『世界初の完全不適合者、適合率0.00%。』
『一部では"出来損ない"との厳しい声も上がっています。』
『これからより詳しいことをインタビューなどを通して皆さんの意見を聞いていこうと思います。』
街頭インタビューが流れる。
「能力がないなら、養成機関にいる意味あるの?」
「危険なだけじゃない?」
「実習で助けたって聞くけど……たまたまでしょ。」
画面の下には、SNSのコメントが次々と表示されていく。
『#出来損ない』
『#0パーセント』
『#養成機関の恥』
『#退学させろ』
男は無言でリモコンを手に取り、テレビの電源を切った。
部屋は静寂に包まれる。
机の上には一本の注射器。
赤いラベルには、はっきりと刻まれている。
LIMIT BREAK DRUG
男はそれをゆっくりと手に取った。
「世間が何を騒ごうが……興味はない。」
「必要なのは、結果だけだ。」
その言葉とともに、部屋の奥から数人の男たちが姿を現す。
「準備は終わった。」
「ああ。」
「まずは一人目だ。」
男は注射器を見つめ、不気味に笑った。
「この薬が本物なら──。」
「日本は今日から変わる。」
その日、人知れず動き始めた計画が、やがて日本中を震撼させる事件へと発展することを――
まだ誰も知らなかった。




