第7話 ゼロの価値
初実習から三日。
神崎悠真の行動は、学年中の話題になっていた。
「能力がないのにロックボアの前に飛び出したらしい。」
「命令違反だったけど、少女を助けたって。」
「普通ならできないよな。」
廊下ですれ違う生徒たちが、小声で噂を交わす。
以前のような嘲笑は減り、代わりに驚きや興味の視線が増えていた。
しかし、悠真自身はそんなことを気にしていなかった。
朝六時。
誰もいない訓練場。
カン――。
カン――。
木刀が乾いた音を響かせる。
一振り。
また一振り。
汗が地面へ落ちる。
「……三百八十七。」
自分で回数を数えながら、黙々と振り続ける。
能力はない。
だからこそ、鍛えられるものはすべて鍛える。
それが悠真の答えだった。
「相変わらず早いな。」
声を掛けられ、振り返る。
青木翔だった。
「おはよう。」
「お、おはよう。」
少し気まずそうに頭をかく青木。
「この前さ……。」
「ありがとな。」
悠真は首をかしげる。
「え?」
「俺、一番近くにいたのに気付けなかった。」
「あの子を助けたの、お前だった。」
「……正直、すげぇと思った。」
悠真は照れくさそうに笑う。
「俺にできることをしただけだよ。」
「……それが一番難しいんだけどな。」
青木も笑った。
そこへ次々とクラスメイトが集まってくる。
大沢健吾。
木村彩花。
伊藤美咲。
「もう自主練してるの?」
木村が驚く。
「毎日やってるよ。」
「毎日?」
「うん。」
全員が顔を見合わせた。
能力がない。
だから努力している。
そう思っていた。
違った。
能力がなくても、誰よりも努力していた。
その姿を、初めて彼らは知った。
「よし。」
大沢が木刀を一本持ち上げる。
「俺も付き合う。」
「え?」
「剣術、教えてくれ。」
「能力ばっか鍛えてても仕方ないしな。」
その言葉に、悠真は目を丸くした。
「俺が?」
「お前、剣はめちゃくちゃ強いだろ。」
大沢が笑う。
すると伊藤も頷いた。
「私もお願い。」
「近接戦闘は苦手だから。」
気付けば数人が木刀を手に取っていた。
その様子を少し離れた場所から見ている人物がいた。
桐谷教官。
腕を組みながら静かに呟く。
「少しずつ変わり始めたか。」
その時。
校内放送が鳴り響く。
『一年A組、演習場へ集合。』
『繰り返す。一年A組、演習場へ集合。』
全員が顔を見合わせる。
演習場へ向かうと、桐谷教官の隣には数名の討伐隊員が立っていた。
胸にはZERO FORCEの紋章。
隊員の一人が前へ出る。
「俺は日本対モンスター討伐隊、第2部隊所属の佐伯隼人だ。」
歴戦の能力者。
身体中に無数の傷跡が残っている。
「今日は特別授業を行う。」
ざわめく生徒たち。
佐伯は一本の剣を地面へ突き立てた。
「お前たちは能力を持っている。」
「だが、それだけで生き残れるほど戦場は甘くない。」
静まり返る演習場。
「能力が使えなくなったらどうする?」
「リングが壊れたら?」
「モンスターに接近されたら?」
誰も答えられない。
佐伯は静かに続けた。
「戦場では、能力を失うことなんて珍しくない。」
「だから俺たちは剣を学ぶ。」
「体術を学ぶ。」
「生き残るためにな。」
そう言って、悠真へ視線を向けた。
「神崎悠真。」
「前へ。」
悠真は驚きながら前へ出る。
「木刀を持て。」
演習場がざわつく。
「まさか……。」
「能力ない神崎が?」
佐伯は笑った。
「お前たちに見せてやる。」
「能力だけが強さじゃないってことをな。」
悠真は木刀を握り締める。
目の前には、日本対モンスター討伐隊・第2部隊の隊員。
演習場に静寂が訪れる。
「始め!」
その掛け声と同時に、佐伯の姿が消えた。




