第4話 能力ゼロの訓練生の日常
ドラグーン出現から三日。
世界は、まだあの日の衝撃から立ち直れていなかった。
終焉の龍・ドラグーン。
280年ぶりに姿を現した災厄級始祖種オリジン。
だが――
何も破壊することなく去っていった。
その理由は今なお誰にも分からない。
世界中のニュースでは連日その話題が流れ続けていた。
『ドラグーン出現の目的は依然不明』
『IAMDA本部が緊急調査を開始』
『世界各地でゲート活動が活発化』
人々の恐怖だけが静かに広がっていた。
そんな中でも、学校は予定通り授業を再開する。
能力者は、いつ何が起きても戦えるよう育てなければならないからだ。
朝。
国立能力者養成機関、一年A組。
教室には新しい制服に身を包んだ生徒たちが集まっていた。
担任の教師・桐谷は教卓を軽く叩く。
「今日から本格的な授業が始まる。その前に自己紹介をしてもらう。」
教室が少しだけざわついた。
「じゃあ、1番の青木から。」
最初に立ち上がったのは、一人の少年だった。
「青木 翔です。」
爽やかな笑顔を浮かべる少年。
「適合率58%。適合モンスターは《テンペストグリフォン》。風属性です。よろしく!」
「おぉ。」
教室から小さな拍手が起こる。
続いて。
「伊藤 美咲です。」
落ち着いた雰囲気の少女。
「適合率67%。適合モンスターは《アイスフェンリル》。氷を操る能力です。」
次々と自己紹介が続いていく。
「大沢 健吾。適合率73%。適合モンスター《アースゴーレム》。土属性だ。」
教室が少しざわめく。
「73%か……。」
「すげぇ。」
そして。
「神崎 悠真。」
一瞬だけ空気が止まる。
悠真は静かに立ち上がった。
「神崎悠真です。」
短く、それだけ言う。
教師が少し困ったように補足する。
「神崎は……」
言葉を選びながら続ける。
「適合率0%。適合モンスターは存在しない。」
教室が静まり返る。
昨日の適性検査を思い出した生徒も多かった。
「……よろしく。」
悠真はそれだけ言って席へ座った。
気まずい空気を切り替えるように、教師は次の生徒を指名する。
「木村 彩花。」
「適合率69%。《ホワイトペガサス》です!」
明るく元気に答える。
その後も、
斎藤、
高橋、
田中、
中村、
林、
藤原、
松本、
山本──
次々と自己紹介が終わっていった。
昼休み。
教室はすぐにグループができ始める。
能力の話。
将来入りたい部隊。
突然現れて姿を消したドラグーン。
様々な話題で盛り上がっていた。
その輪の中に悠真はいない。
一人で窓の外を見つめながら弁当を食べていた。
その時だった。
「隣、いいか?」
声を掛けてきたのは青木翔だった。
「え?」
「一人だろ?」
「……あぁ。」
青木は自然に席へ座る。
「昨日はいろいろ大変だったな。」
「まぁな。」
「でも俺、別に0%だからって気にしてないぜ。」
悠真は少し驚く。
「能力だけが全部じゃないし。」
青木は笑った。
「俺、入試の剣術試験見てた。」
「お前、一位だったろ。」
悠真は少し照れ臭そうに笑う。
「まぁ……少し剣道やってたから。」
「少しってレベルじゃなかったぞ。」
そこへさらに女子生徒が近付いてくる。
「何話してるの?」
木村彩花だった。
「神崎君って剣すごいんでしょ?」
「ちょっと見てみたい!」
少しずつ輪が広がる。
その様子を教室の後ろから見ている生徒もいた。
「0%なのに人気者かよ。」
「意味分かんねぇ。」
羨望と嫉妬が入り混じった視線だった。
午後。
最初の実技授業。
全員がリミットリングを装着する。
教師が前へ出る。
「今日は能力の基礎訓練を行う。」
「能力解放!」
次の瞬間。
炎。
風。
雷。
氷。
土。
様々な能力が一斉に発現した。
教室中が歓声に包まれる。
その中で。
ただ一人。
神崎悠真だけはリングが反応しない。
教師は静かに近付く。
「神崎。」
「はい。」
「お前は別メニューだ。」
教師が一本の木刀を投げる。
「能力がないなら、それ以外を鍛えろ。」
「剣術。」
「体術。」
「基礎体力。」
「誰よりも鍛えろ。」
悠真は力強く頷いた。
「はい!」
授業終了後。
誰もいなくなった訓練場。
カン。
カン。
カン。
木刀の音だけが響く。
一時間。
二時間。
誰もいなくなっても振り続ける。
「まだやっているのか。」
後ろから声がした。
振り向くと、校内でよく見掛ける白髪交じりの老人が立っていた。
清掃員だと思われている人物。
名前を知る者はいない。
「努力家だな。」
「……ありがとうございます。」
老人は木刀を見つめる。
「能力が無いのに、諦めない理由は?」
悠真は迷わず答えた。
「父の言葉です。『強さは能力じゃない、誰かを守る覚悟だ。』っていつも言われてました。」
老人は少しだけ目を細める。
「……そうか。」
それだけ言うと、静かに歩き去っていく。
去り際、小さく呟いた。
「本当に……ゼロなのか。」
その言葉は誰にも届かなかった。
数日後。
学校内では一つの噂が流れ始める。
『能力を持たないのに、毎日誰よりも訓練する一年生がいる。』
最初は笑い話だった。
しかし、その噂は少しずつ養成機関中へ広がっていく。
まだ誰も知らない。
その少年が――
世界で初めて、
リミットリングを持たずモンスターと戦う存在として、そして後にあのドラグーンと、、、
いや、今この話をするのはやめておこう。




