第3話 沈黙する災厄
『──警戒基準超過』
『警戒レベル Ω(オメガ)』
『災厄級始祖種を確認』
『個体識別――終焉の龍 ドラグーン』
『全住民は直ちに地下シェルターへ避難してください』
町中に警報が何度も繰り返される。
誰もが空を見上げた。
巨大な黒い龍。
翼をゆっくりと広げるだけで空を覆い隠し、昼間だった街は夜のような暗闇に包まれていた。
人々は我先にと逃げ惑う。
道路は車で埋め尽くされ、地下シェルターには長蛇の列ができる。
泣き叫ぶ子供を抱えながら走る母親。
腰を抜かし、その場から動けない老人。
テレビやスマートフォンはすべて緊急放送へ切り替わっていた。
一方その頃、国際対モンスター防衛機関『IAMDA』日本支部では、司令室に緊張が走っていた。
巨大モニターにはドラグーンの姿が映し出されている。
「確認しました……間違いありません。」
「災厄級始祖種――終焉の龍ドラグーンです。」
室内は静まり返る。
若い隊員が震える声で尋ねた。
「なぜ……今になって。」
司令官はドラグーンを見つめたまま静かに口を開く。
「280年前、人類は世界中の能力者と軍隊を集結させ、一つの作戦を実行した。」
「史上最大規模の討伐作戦――『終焉作戦』だ。」
モニターに古い記録映像が映し出される。
数万の能力者。
無数の戦車、戦闘機、艦隊。
世界中の英雄たちが一体の龍へ向かっていく。
「しかし結果は……敗北。」
「作戦開始からわずか十五分。」
「英雄と呼ばれた能力者のほとんどが命を落とし、一つの国が地図から消えた。」
誰も言葉を発せない。
司令官は拳を握り締めた。
「それ以来、人類は災厄級始祖種には手を出さない。」
「奴らは倒す存在ではない。災害そのものだからだ。」
その時だった。
「司令! ドラグーンが移動を開始しました!」
モニターの赤い点がゆっくりと街の中心へ向かう。
司令官は即座に命令する。
「日本対モンスター討伐隊『ZERO FORCE』第1部隊を招集。」
サイレンが基地中に鳴り響く。
格納庫の奥。
三人の能力者が静かに立ち上がった。
日本に三本しか存在しないリミットベルト。
その装着者たちだった。
「ついに来たか。」
「280年前の借りを返す時だ。」
「日本は俺たちが守る。」
三人は同時にリミットベルトを装着する。
眩い光が身体を包み込み、それぞれ異なる色のモンスターエネルギーが溢れ出した。
炎。
雷。
重力。
日本最強の能力者たちは、一瞬で空へ飛び立つ。
その姿を避難中の人々が見上げた。
「ZERO FORCEだ!」
「第1部隊が来た!」
「助かる……!」
街にわずかな希望が生まれる。
だが、その希望は一瞬だった。
ドラグーンは飛んでくる三人を見ても動かない。
まるで虫でも眺めるような冷たい黄金の瞳。
「行くぞ!」
三人が同時に攻撃を放つ。
巨大な炎が空を焼き尽くし、雷が轟音とともに降り注ぐ。
重力が空間を歪ませ、ドラグーンの巨体を押し潰そうとする。
三つの最強の力。
その全てがドラグーンへ直撃した。
大爆発。
轟音。
黒煙が空を覆う。
誰もが息を呑んだ。
しかし――。
煙の中から現れたドラグーンには、傷一つ付いていなかった。
「……そんな。」
第1部隊の隊長が絶望の声を漏らす。
ドラグーンはゆっくりと前足を振る。
たったそれだけだった。
空間そのものが裂ける。
三人は防御する間もなく吹き飛ばされ、地上へと叩き落とされた。
リミットベルトには大きな亀裂が入り、日本最強の能力者たちは立ち上がることすらできない。
街中が静まり返る。
誰も信じられなかった。
人類最強ですら、一撃。
ドラグーンは勝者のように咆哮することもなく、ただ静かに街を見下ろしていた。
その黄金の瞳が、ゆっくりとある一点へ向く。
避難する人々の中。
能力を持たない少年。
神崎悠真。
誰も気付かない。
だが悠真だけは感じていた。
あの龍は――自分を見ている。
二人の視線が交わった瞬間、悠真の胸が激しく鼓動する。
恐怖ではない。
何かが、自分の中で目覚めようとしているような感覚だった。
ドラグーンは静かに目を細める。
まるで、長い年月を経て探し続けた何かを見つけたかのように。
そして再び大きく翼を広げると、黒い空へと姿を消していった。
街には、重苦しい静寂だけが残っていた。
誰も知らない。
終焉の龍が現れた本当の理由を。
そして、それが一人の少年の運命を大きく動かす始まりだったことを。




