26話 生き残った2人
――翌朝。
国立能力者養成機関。
一年A組。
「おはよう、悠真。」
「おはよう。」
いつもと変わらない朝。
……のはずだった。
悠真は席に座りながら、昨日の夜に届いたメッセージを思い出していた。
『七年前の二人は生きている。』
そして――。
『お前が追っている男の隣だ。』
「……。」
本当に生きている。
あの事件の生存者二人が。
しかも、今もあの男と行動を共にしている。
だとすれば。
二人は何を知っている?
そして――。
なぜ、あの男についていった?
「悠真?」
「……え?」
林翔太が不思議そうに見ている。
「今日ずっとぼーっとしてない?」
「ちょっと考え事。」
「また事件?」
「うん。」
林は呆れたように笑う。
「お前、本当にそればっかだな。」
「……ごめん。」
「別にいいけどさ。」
その時。
教室の扉が開いた。
「席につけ。」
桐谷教官が入ってくる。
生徒たちが静かになる。
「今日は実戦訓練を行う。」
「最近は事件が続いている。」
桐谷は教室を見渡す。
「だからこそ、余計なことに気を取られるな。」
その言葉に。
悠真は少しだけ目を伏せた。
まるで自分のことを言われているようだった。
昼休み。
食堂。
悠真たちはいつもの席に集まっていた。
「そういやさ。」
林がラーメンをすすりながら言う。
「最近、討伐隊の警備がまた増えたよな。」
「学校の周りにもいるよね。」
木村彩花が答える。
「何か新しい事件でもあったのかな?」
「分からない。」
高橋が答える。
「ただ、討伐隊が何かを警戒しているのは確かだろ。」
悠真は黙って聞いていた。
そして。
ふと口を開く。
「なあ。」
「ん?」
「七年前の事件って……一般にはどれくらい知られてる?」
全員が悠真を見る。
「七年前?」
林が首を傾げる。
「第2部隊の演習場が襲われた事件だろ?」
「詳しいことは知らないけど。」
木村が言う。
「新兵が大量に亡くなったって話くらいじゃない?」
「そうなんだ。」
「どうして?」
悠真は少し迷ってから答える。
「生存者が二人いたらしい。」
「二人?」
「うん。」
林が箸を止める。
「その二人、今どうしてるんだ?」
悠真は答えなかった。
――あの男の隣にいる。
それを口にすることはできなかった。
その時。
食堂のモニターが切り替わる。
『過去の討伐隊活動記録について――』
生徒たちが画面を見る。
だが。
七年前の事件については何も映らない。
「……。」
悠真は違和感を覚えた。
記録が少なすぎる。
まるで。
意図的に消されているようだった。
放課後。
演習場。
実戦訓練が始まる。
「神崎!」
高橋が槍を構える。
「今日は一本取るぞ。」
「俺も負けない。」
開始。
二人が同時に踏み込む。
――ガキィン!
木刀と槍がぶつかる。
悠真は一歩下がる。
高橋が追撃。
槍が迫る。
悠真は身体を捻ってかわす。
そして――。
木刀を振る。
高橋が受ける。
「速くなったな。」
「高橋も。」
二人は再び距離を取る。
悠真は呼吸を整える。
能力はない。
だからこそ。
相手の動きだけを見る。
足。
肩。
視線。
次の動きを予測する。
高橋が踏み込む。
――今。
悠真は横へ移動。
槍をかわし。
木刀を高橋の肩へ。
ピタッ。
止まる。
「……。」
高橋が目を見開く。
「一本。」
桐谷の声が響く。
悠真は木刀を下ろした。
「……勝った。」
高橋が笑う。
「やるじゃん。」
「ありがとう。」
桐谷は二人を見る。
「神崎。」
「はい。」
「今の判断は悪くない。」
悠真は少し驚く。
「ありがとうございます。」
「だが。」
桐谷は続ける。
「実戦では、相手が一人とは限らない。」
「……はい。」
「常に周囲を見ろ。」
その言葉が。
なぜか悠真の胸に残った。
訓練終了後。
悠真は演習場を出ようとしていた。
「神崎。」
桐谷に呼び止められる。
「はい?」
「最近、何を調べている?」
悠真の表情が固まる。
「……事件のことです。」
「七年前か?」
「……はい。」
桐谷はしばらく悠真を見る。
「深入りするな。」
「でも――。」
「神崎。」
声が少し低くなる。
「これは命令だ。」
悠真は黙る。
「なぜですか?」
「今のお前には関係のない事件だからだ。」
「……。」
「過去を知ることが、必ずしも正しいとは限らない。」
桐谷はそれだけ言って、去っていった。
悠真はその背中を見つめる。
「……関係ない?」
むしろ。
今までの事件は。
全部、自分の目の前に繋がっている。
夜。
討伐隊施設。
佐伯隼人は一人、古い資料を見ていた。
そこには。
7年前・演習場襲撃事件
という文字。
佐伯はページをめくる。
死亡者一覧。
生存者――二名。
そして。
最後のページ。
担当教官――非公開。
佐伯の手が止まる。
「……。」
その時。
背後から声がした。
「まだ調べているのか?」
佐伯が振り返る。
誰もいない。
「……?」
廊下を見る。
静まり返っている。
佐伯は資料へ視線を戻す。
そこには。
先ほどまでなかった文字が書かれていた。
『生存者は、なぜ生き残った?』
佐伯の表情が変わる。
「……誰だ。」
文字は徐々に消えていく。
そして。
最後に一つだけ残った。
『聞けば分かる。』
佐伯は資料を閉じた。
同じ頃。
悠真の部屋。
机の上には、事件についてまとめたノート。
悠真は新しく一行を書き加えた。
7年前――生存者2名。
その下。
現在――謎の男と行動を共にしている。
「……。」
悠真はペンを置く。
どうしても気になる。
生き残った二人。
なぜ、あの男についていったのか。
そして。
七年前の事件で。
何を見たのか。
その時。
――ピッ。
端末が震えた。
メッセージ。
『明日、旧第2部隊訓練棟へ来い。』
悠真は画面を見つめる。
「旧第2部隊……?」
続けて。
もう一件。
『そこに、七年前の事件を知る人物がいる。』
悠真の目が見開かれる。
そして最後に。
『ただし、佐伯隼人には知らせるな。』
「……。」
悠真は端末を握りしめる。
誰が送っている?
なぜ佐伯に知らせるなと言う?
罠かもしれない。
それでも。
悠真は立ち上がる。
「……行く。」
その頃。
街から離れた廃墟。
謎の男は、二人の人物と向かい合っていた。
二人とも。
かつて七年前の事件を生き残った者たち。
しかし。
その姿は、当時とは大きく変わっている。
男は二人を見る。
「……まだ覚えているか。」
二人は黙って頷く。
「なら、忘れるな。」
謎の男は窓の外を見る。
「俺たちは、もう戻れない。」
二人は何も答えない。
ただ。
その場に立ち続けている。
謎の男は背を向ける。
「神崎悠真が、過去を追い始めた。」
一人が尋ねる。
「止めますか?」
「いや。」
男は静かに答える。
「まだ早い。」
そして。
「真実は――。」
一瞬だけ。
男の目が鋭くなる。
「知る順番を間違えれば、ただの毒になる。」
二人は黙って聞いていた。
その時。
遠くからサイレンが聞こえる。
男が窓の外を見る。
空の向こう。
黒い影が一瞬だけ横切った。
「……ドラグーン。」
男は小さく呟いた。
だが。
それ以上は何も言わなかった。
翌朝。
悠真は一人。
旧第2部隊訓練棟の前に立っていた。
長い間使われていない建物。
錆びた扉。
その奥から。
かすかな物音が聞こえる。
悠真は木刀を握る。
「……誰かいるのか?」
返事はない。
ゆっくり扉を開く。
ギィィ……。
暗い廊下。
壁には。
古い第2部隊の部隊章。
そして――。
壁に残された無数の傷跡。
悠真は足を止める。
「……ここで。」
七年前。
何かが起きた。
その瞬間。
廊下の奥から。
一人の声が聞こえた。
「――神崎悠真。」
悠真の目が見開かれる。
「……誰だ?」
暗闇の奥。
人影が一つ。
「お前は――。」
ゆっくりと姿を現す。
「七年前の事件を、本当に知りたいのか?」
悠真は木刀を構える。
「知りたい。」
人影は答える。
「ならば。」
一歩。
こちらへ近づく。
「まず――。」
その人物が口にした言葉に。
悠真の表情が変わった。
「あの日、最初にモンスターを見つけたのは……あの男だった。」




