第20話 残された写真
翌朝。
国立能力者養成機関。
一年A組。
教室には、昨日までとは違う緊張感が漂っていた。
昨日のゲート事件。
そのニュースは、まだ一般には詳しく報道されていない。
だが、生徒たちは知っている。
学校のすぐ近くでゲートが発生したこと。
討伐隊が出動したこと。
そして――。
何者かがゲートから現れたこと。
「なあ……。」
林翔太が小声で呟く。
「昨日のゲート、結局どうなったんだ?」
「討伐隊が処理したって聞いた。」
木村彩花が答える。
「でも、なんか変な噂もあるよ。」
「変な噂?」
「ゲートから人が出てきたって。」
教室が静かになる。
悠真は黙って窓の外を見ていた。
その話を聞いても、口を開かなかった。
自分は見た。
あの男を。
ゲートから出てきた瞬間も。
そして――。
自分を見たことも。
「……。」
悠真は机の上に置かれた手を握る。
その時。
ガラッ。
教室の扉が開いた。
桐谷教官だった。
「全員、席につけ。」
生徒たちが静かになる。
桐谷は教壇に立つと、いつもより長く生徒たちを見渡した。
「昨日の件について、学校から説明する。」
モニターが起動する。
表示されたのは――。
『ゲート事件・緊急対応について』
「昨日、学校から約2.5キロ地点にゲートが発生した。」
生徒たちがざわつく。
「現在、ゲートは消滅している。」
「周辺の安全も確認されている。」
そこで桐谷は、一度言葉を止めた。
「ただし。」
「昨日の現場では、通常では考えられない事象が確認された。」
教室の空気が変わる。
「詳細については、現時点では話せない。」
悠真は桐谷の表情を見る。
何かを隠している。
そう感じた。
「以上だ。」
授業が始まる。
だが。
悠真の頭から、昨日の男の姿は離れなかった。
昼休み。
悠真は一人で屋上へ向かった。
フェンスの向こう。
昨日ゲートが発生した方向を見る。
「……。」
あの男は何者なのか。
なぜゲートから出られたのか。
そして。
なぜ自分を見たのか。
「神崎。」
後ろから声がした。
振り返る。
佐伯隼人だった。
「佐伯隊員。」
「少し時間いいか?」
「はい。」
佐伯は悠真の隣に立った。
しばらく何も言わない。
やがて。
「昨日の写真。」
悠真の表情が変わる。
「……あれですか?」
佐伯が頷く。
「俺が持って帰った。」
「何か分かったんですか?」
「少しだけな。」
佐伯は端末を取り出す。
そこには、昨日の写真が映っていた。
「この写真は、昔のZERO FORCEの部隊写真だ。」
「何年前ですか?」
「十年以上前になる。」
悠真は画面を覗き込む。
「じゃあ……あの男も?」
「そうだ。」
佐伯は答える。
「昔、俺と同じ部隊にいた。」
悠真が顔を上げる。
「名前は?」
佐伯は答えようとして――。
止まった。
「……まだ言えない。」
「どうしてですか?」
「俺自身、確信が持てていない。」
佐伯は写真を拡大する。
そこには、若い頃の男が写っている。
今とは全く違う。
装甲もない。
笑っている。
仲間と肩を並べている。
悠真はその顔を見る。
「……普通の人に見えます。」
「ああ。」
佐伯は静かに答える。
「当時は、誰よりも真面目だった。」
「訓練も厳しかった。」
「仲間が傷つけば、真っ先に助けに行った。」
悠真は黙って聞く。
「じゃあ……どうして。」
「分からない。」
佐伯が答える。
「ある事件を境に、あいつは変わった。」
「その事件って?」
佐伯は画面を消した。
「今は話せない。」
悠真は少しだけ眉を寄せる。
「……昨日、俺に何かを伝えようとしてました。」
佐伯が悠真を見る。
「何を?」
「分かりません。」
「でも。」
悠真は昨日の光景を思い出す。
「あいつは俺を見ていた。」
「まるで……俺が何かを知っているみたいに。」
佐伯は黙った。
その表情には、僅かな動揺が浮かんでいた。
「……神崎。」
「はい。」
「お前は、最近変な夢を見ていないか?」
悠真は答えなかった。
佐伯もそれ以上聞かなかった。
その頃。
IAMDA日本支部。
地下研究局。
黒崎蓮司は、昨日回収された写真を調べていた。
「解析結果は?」
研究員が画面を操作する。
「写真自体は普通のものです。」
「ただし。」
「右下に、ごく微量のモンスターエネルギーが付着しています。」
黒崎が眉をひそめる。
「血液では?」
「違います。」
「では何だ。」
「……判別できません。」
画面には、赤紫色の微細な反応が表示されていた。
黒崎はしばらくそれを見つめる。
「赤と紫……。」
「何か心当たりは?」
研究員が尋ねる。
黒崎は答えなかった。
その代わり、別の画面を開く。
そこには――。
『未確認モンスターエネルギー反応』
という文字。
「この反応を、過去の全データと照合しろ。」
「了解。」
「特に――。」
黒崎は一枚の古い資料を開く。
「始祖種関連の記録を重点的に調べろ。」
同じ頃。
廃墟。
あの男は、古い建物の中で一人座っていた。
机の上には、昨日の写真と同じ写真。
ただし。
こちらには、もう一人の人物が写っていた。
男は写真を見つめる。
「……懐かしいな。」
指先で写真をなぞる。
そこには、まだ何も失っていない自分がいた。
右腕も。
仲間も。
そして――。
家族も。
男は目を閉じる。
一瞬。
夢の中に景色が浮かぶ。
炎。
崩れた建物。
泣き声。
そして、幼い頃の自分。
「……。」
男は目を開ける。
夢は消えていた。
「夢は便利だ。」
「忘れたいものまで、勝手に見せてくる。」
その時。
背後からローブの人物が現れる。
「次の準備が整いました。」
男は写真を伏せる。
「そうか。」
「次はどうしますか?」
男は立ち上がる。
「まだ動かない。」
「しかし……。」
「焦る必要はない。」
男は窓の外を見る。
「神崎悠真は、まだ何も知らない。」
「ならば。」
「知らないまま、少しずつ見せればいい。」
放課後。
演習場。
悠真は一人で木刀を振っていた。
一振り。
二振り。
三振り。
汗が頬を伝う。
「……。」
昨日の男。
ゲート。
佐伯。
ZERO FORCE。
全てが繋がっている。
だが。
まだ答えがない。
悠真は木刀を構える。
その時――。
「神崎。」
声がした。
振り返る。
桐谷教官だった。
「まだ残っていたのか。」
「少しだけ。」
桐谷は悠真を見る。
「昨日のことを考えているな。」
「……はい。」
「考えるのは構わん。」
桐谷は演習場の壁に寄りかかる。
「だが、今のお前に必要なのは答えじゃない。」
「……?」
「次に何が起きても、自分で動ける力だ。」
悠真は木刀を見る。
「俺には能力がありません。」
「知っている。」
「だから……。」
悠真は木刀を握り直す。
「せめて、能力がないことを言い訳にはしたくない。」
桐谷は何も言わなかった。
ただ。
僅かに口元を緩めた。
「なら、振れ。」
「はい。」
悠真は再び木刀を振り始める。
一振り。
また一振り。
その背後。
誰もいないはずの校舎の屋上から――。
一つの視線が悠真を見つめていた。
紫色の光が一瞬だけ揺れる。
そして。
消えた。
夜。
悠真は寮の部屋で眠りについた。
暗闇。
静寂。
そして――。
目の前に、一人の少年が立っていた。
まだ幼い。
その少年は誰かを探している。
「父さん……?」
悠真が声をかける。
少年は答えない。
ただ、遠くを指差す。
悠真が振り返る。
そこには――。
黒い装甲を身につける前の、あの男が立っていた。
若い。
まだ右腕がある。
その隣には、ZERO FORCEの仲間たち。
そして。
男の手には――。
一枚の家族写真。
次の瞬間。
景色が崩れた。
「……!」
悠真が目を覚ます。
部屋は暗い。
時計を見る。
午前3時。
「……夢?」
胸が妙にざわついている。
悠真はベッドから起き上がる。
そして。
机の上を見る。
そこには何もない。
だが。
窓ガラスに、薄い紫色の文字が浮かんでいた。
『過去を知りたければ、記憶を疑え。』
悠真は息を呑む。
文字はすぐに消えた。
「……記憶を、疑え?」
その言葉だけが。
夜の静かな部屋に残った。
そして――。
悠真の知らないところで。
あの男もまた。
同じ夜に目を閉じていた。
その夢の中で。
かつて失った右腕を、まだ持っていた頃の自分と再会していた。




