第17話 悪夢
藤原優奈が襲撃された事件から、翌日――。
国立能力者養成機関では、朝から厳戒態勢が敷かれていた。
校門には討伐隊員。
校舎内には警備員。
そして、すべての生徒のリミットリングが再検査されていた。
一年A組も例外ではない。
「……昨日のこと、まだ信じられないな。」
青木翔が教室を見渡す。
「学校の中まで狙われるなんて。」
林翔太も不安そうに頷く。
「犯人、俺たちのこと調べてるってことだろ?」
「たぶん。」
藤原優奈が答える。
彼女のリミットリングは、昨日の事件で一度完全に停止していた。
「でも……。」
優奈は自分のリングを見る。
「私が狙われた理由が分からない。」
藤原は分析能力に長けている。
しかし、それだけでは説明がつかなかった。
その時。
教室のドアが開く。
「全員、演習場へ。」
桐谷教官だった。
演習場。
一年A組が整列する。
桐谷は全員を見渡した。
「昨日の事件について、一つだけ分かったことがある。」
モニターに映し出されたのは、昨日の藤原のリミットリング。
「犯人は、リングを通じて能力者の精神状態に干渉した可能性が高い。」
生徒たちがざわつく。
「精神に……?」
伊藤美咲が呟く。
「つまり、能力そのものを暴走させるんじゃなくて……。」
高橋陽斗が続ける。
「能力者自身の意識を利用した?」
「その可能性が高い。」
桐谷は頷く。
「そして問題は――。」
画面が切り替わる。
そこには一つの名前。
神崎悠真
悠真が目を見開く。
「俺……?」
「昨日の事件。」
桐谷が続ける。
「犯人は藤原を利用して、お前の精神に干渉しようとしていた可能性がある。」
教室が静まり返る。
青木が悠真を見る。
「悠真を……狙ってた?」
「断定はできない。」
桐谷はそう言った。
「だが、警戒は必要だ。」
悠真は拳を握る。
「……分かりました。」
その日の放課後。
悠真は一人で訓練場にいた。
木刀を振る。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
昨日の幻影が頭から離れない。
父親の姿。
崩れ落ちる街。
そして――。
謎の男。
「……何なんだよ。」
もう一度振る。
「俺を狙って……何がしたい。」
カンッ!
その瞬間。
――ピシッ。
木刀に小さな亀裂が入った。
「……。」
悠真は木刀を見る。
力を入れすぎていた。
「落ち着け。」
深呼吸する。
「俺は……。」
「俺は、俺だ。」
その瞬間。
――ピッ。
腰につけていたリミットリング検査用の端末が突然点灯した。
「……?」
画面には何も表示されていない。
ただ。
一瞬だけ――。
UNKNOWN
という文字が浮かんだ。
「なんだ……?」
次の瞬間。
視界が歪んだ。
「……え?」
世界が暗くなる。
気がつくと。
悠真は見知らぬ場所に立っていた。
「……ここは?」
周囲には何もない。
白い空間。
音もない。
人の気配もない。
「学校……じゃない?」
一歩進む。
すると。
遠くに人影が現れた。
「……父さん?」
幼い頃の父だった。
悠真は走り出す。
「父さん!」
しかし。
父は振り返らない。
「待って!」
悠真が手を伸ばす。
その瞬間。
父の姿が崩れた。
黒い煙へ変わる。
「……え?」
煙の向こうから声がする。
『強さは能力じゃない。』
「……!」
父から聞いた、あの言葉。
『誰かを守る覚悟だ。』
悠真は拳を握る。
「分かってる。」
『本当に?』
「……。」
『お前は、何も持っていない。』
悠真の表情が固まる。
『能力もない。』
『リングも反応しない。』
『仲間を守ることもできない。』
「違う。」
『違わない。』
周囲の景色が変わる。
そこにはクラスメイトたちがいた。
青木。
伊藤。
大沢。
斎藤。
高橋。
そして――。
全員が悠真を見ている。
「神崎。」
斎藤が言う。
「お前は戦場に来るな。」
「足手まといだ。」
「違う!」
悠真が叫ぶ。
しかし。
別の声が重なる。
『無能力者。』
『出来損ない。』
『戦う資格がない。』
「やめろ……!」
悠真は耳を塞ぐ。
だが声は消えない。
『お前は何のためにここにいる?』
『何も持っていないのに。』
『なぜ戦う?』
悠真は震える拳を握った。
「……俺は。」
声が震える。
「俺は……。」
その時。
背後から声がした。
「それでも、戦うのか?」
悠真が振り返る。
そこに立っていたのは――。
黒いマントの男。
左肩の異形のドラゴンアーマー。
右腕の義手。
そして。
赤と紫の光が混ざった身体。
悠真は構える。
「お前……!」
男は動かない。
「神崎悠真。」
「お前は、自分が何も持っていないと思っている。」
「違う。」
悠真は木刀を構える。
「俺は……。」
「これから手に入れる。」
男が僅かに笑う。
「面白い。」
「なら――。」
男の姿が一瞬で消える。
次の瞬間。
悠真の目の前に現れる。
「証明してみろ。」
――ドンッ!!
悠真は吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
地面を転がる。
「なんだ……この力……。」
男が歩いてくる。
「これは夢だ。」
「お前の身体に傷をつける必要はない。」
「なら……。」
悠真は立ち上がる。
「俺が勝てば、この夢から出られるんだな。」
男は答えない。
悠真が走る。
「うおおおおっ!」
木刀を振り下ろす。
しかし。
男は片手で受け止める。
「遅い。」
「ぐっ……!」
腹部を蹴られ、再び吹き飛ぶ。
「まだだ!」
立ち上がる。
「まだ終わってない!」
何度倒されても立ち上がる。
木刀を握り続ける。
男の表情が変わる。
「……なぜ立つ?」
悠真は息を切らしながら答える。
「父さんが……言ったからだ。」
「強さは能力じゃない。」
「誰かを守る覚悟だ。」
「俺には能力がない。」
「だからって――。」
悠真は木刀を構える。
「守れない理由にはならない!」
男は黙った。
その瞬間。
男の背後に、一瞬だけ別の景色が映る。
炎。
崩れた建物。
血の跡。
そして――。
若い頃の男。
その隣には、複数のZERO FORCE隊員。
悠真の目が見開かれる。
「……今のは?」
男の表情が変わる。
「見るな。」
「え?」
「それ以上は――。」
夢の空間が激しく揺れ始める。
「……見るな!」
男が初めて声を荒げた。
悠真は気づく。
「お前……。」
「何か隠してるのか?」
男は拳を握る。
「俺の過去に触れるな。」
その瞬間。
赤と紫のエネルギーが爆発する。
「うわあああっ!」
悠真の視界が真っ白になる。
「神崎!」
誰かの声が聞こえる。
「神崎君!」
悠真が目を開ける。
「……優奈?」
目の前には藤原優奈。
そして青木、伊藤、大沢たち。
「大丈夫!?」
「……ここは?」
「訓練場だよ。」
悠真は周囲を見る。
木刀を握ったまま、床に倒れていた。
「俺……夢を見てた。」
優奈が驚く。
「夢?」
「うん。」
悠真は立ち上がる。
「でも、ただの夢じゃない。」
「誰かが……。」
そこまで言って、言葉を止める。
あの男。
そして、過去の映像。
「……あいつの過去を見た。」
その頃。
廃工場。
男は片膝をついていた。
右腕の義手が震えている。
「……まだだ。」
呼吸を整える。
「まだ、早い。」
ローブの人物が近づく。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。」
「ですが……。」
「神崎悠真に、過去を見られたのでは?」
男は黙る。
そして。
「……少しだけな。」
「彼は、あなたの過去を――。」
「違う。」
男は遮る。
「まだ何も知らない。」
拳を握る。
「だが……。」
男は窓の外を見る。
「夢の中で、俺を見ても立ち上がった。」
「……。」
「普通なら、恐怖に負ける。」
「だが、あいつは違った。」
男は小さく笑う。
「やはり面白い。」
夜。
悠真は自室のベッドに横になっていた。
眠れない。
目を閉じる。
すると。
あの男の言葉が蘇る。
『証明してみろ。』
そして。
一瞬だけ見えた過去。
「……あいつ。」
悠真は呟く。
「本当は……。」
「俺が思ってるような奴じゃないのかもしれない。」
しかし。
まだ分からない。
敵なのか。
それとも――。
何かを失った人間なのか。
悠真は目を閉じる。
その瞬間。
胸の奥で、またあの声が響いた。
『……夢は、嘘をつかない。』
悠真が目を開く。
「……誰だ?」
返事はない。
ただ。
窓の外の月だけが、静かに輝いていた。
そして遠く離れた場所で。
黒いマントの男もまた、月を見上げていた。
「神崎悠真。」
「いつか、お前自身の目で見ることになる。」
「俺が何を失ったのか。」
男は右腕を見つめる。
赤と紫の光が、静かに脈動する。
「神崎悠真。」
「お前は何も持っていないんだったな。」
男は静かに笑う。
「……なら、せめて命くらいは最後まで守ってみせろ。」
「本当の絶望を知る、その日までな。」




