第16話 標的
ZERO FORCE第2部隊、佐伯隼人の暴走事件から二日。
事件は収束した。
しかし――。
犯人は、まだ捕まっていない。
そして。
次の標的も、まだ分かっていなかった。
国立能力者養成機関。
一年A組。
朝の教室。
いつもなら騒がしい時間。
しかし今日は、誰もが昨日の事件について話していた。
「佐伯隊員、退院はまだみたいだな。」
青木翔がスマートフォンを見ながら言う。
「でも、命に別状はないって。」
伊藤美咲が答える。
「よかった……。」
木村彩花も胸を撫で下ろす。
その時。
教室のドアが開いた。
「全員、席につけ。」
桐谷教官だった。
生徒たちが一斉に静かになる。
桐谷は教壇に立つと、モニターを起動した。
画面に表示されたのは――。
『リミットリング緊急再検査』
「昨日から全国の討伐隊員、能力者に対してリミットリングの再検査が行われている。」
「お前たちも例外ではない。」
林翔太が手を上げる。
「先生、犯人はまだ捕まってないんですか?」
「捕まっていない。」
教室がざわつく。
「ただし、今回の事件で分かったことがある。」
画面が切り替わる。
佐伯のリミットリング。
「犯人は、リミットリングを直接改造できる技術を持っている。」
「つまり……。」
大沢健吾が呟く。
「リングを持ってるだけじゃ安全じゃないってこと?」
桐谷は頷いた。
「そうだ。」
「だから今日から、リングの管理方法も変更する。」
「勝手に他人へ貸すな。」
「放置するな。」
「異常を感じたら、すぐに教官へ報告しろ。」
生徒たちは真剣な表情で頷いた。
だが――。
悠真だけは、別のことを考えていた。
(犯人は……なぜ討伐隊を狙った?)
(何を調べているんだ?)
昼休み。
悠真は一人で廊下を歩いていた。
その時。
「神崎。」
後ろから声がする。
振り返る。
高橋陽斗だった。
「どうした?」
「少し聞きたいことがある。」
「俺に?」
高橋は頷く。
「昨日の佐伯隊員の事件。」
「犯人は、討伐隊員の能力や身体能力を調べているんじゃないかと思っている。」
悠真は目を見開く。
「俺も……そう思ってた。」
「なら。」
高橋が声を落とす。
「次に狙われるのは、もっと強い能力者かもしれない。」
その瞬間。
廊下の奥から、誰かが二人を見ていた。
中村零。
何も言わず、二人を見つめている。
そして。
「……来る。」
小さく呟いた。
同じ頃。
IAMDA日本支部。
地下研究局。
黒崎蓮司は、佐伯の事件で回収された装置を調べていた。
「……妙だな。」
研究員が振り返る。
「何かありましたか?」
「この装置。」
黒崎は小さな部品を持ち上げる。
「リミットリングの制御信号を乱すだけなら、こんな複雑な回路は必要ない。」
「では、何のために?」
黒崎は答えなかった。
画面に佐伯の戦闘データを表示する。
そこには、
能力出力
身体負荷
反応速度
精神状態
など、大量のデータが記録されていた。
「……まさか。」
黒崎の表情が変わる。
「犯人は、暴走させることそのものが目的じゃない。」
研究員が息を呑む。
「では……。」
「能力者の限界を測っている。」
「LIMIT BREAK DRUGも、そのために……?」
「おそらくな。」
黒崎は立ち上がる。
「このままでは、次の被害者が出る。」
夕方。
国立能力者養成機関。
訓練場。
生徒たちは個人訓練を行っていた。
悠真は木刀を振る。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
「七百……。」
汗を拭う。
その横では青木、大沢、伊藤たちも訓練している。
「悠真!」
青木が叫ぶ。
「一回休憩しようぜ!」
「俺はもう少しやる。」
「相変わらずだなぁ。」
青木が笑う。
その時。
突然。
――ピッ。
校内のリミットリング検査装置が鳴った。
「?」
全員が振り返る。
次の瞬間。
――ピィィィィィィ!!
警報が鳴り響いた。
『異常反応を確認。』
『一年A組、全員その場から動かないでください。』
「何だ!?」
「リング!?」
生徒たちが自分のリングを見る。
誰のリングにも異常はない。
ただ一人を除いて。
「……え?」
藤原優奈が自分の腕を見る。
彼女のリングだけが、赤く点滅していた。
「私の……?」
桐谷教官が駆け込んでくる。
「藤原!」
「はい!」
「リングを外せ!」
優奈が外そうとする。
しかし。
「外れない……!」
桐谷の表情が変わる。
「全員、下がれ!」
生徒たちが一斉に距離を取る。
「藤原、動くな!」
「先生……これ、何なんですか……?」
優奈の声が震える。
その瞬間。
リングから黒い煙のようなエネルギーが噴き出した。
「うっ……!」
優奈が膝をつく。
「藤原!」
悠真が駆け出す。
「神崎、止まれ!」
桐谷が叫ぶ。
しかし。
悠真は止まらなかった。
「先生!」
「リングが壊れてるなら――!」
悠真は優奈の前へ走る。
「助けないと!」
「神崎!」
その瞬間。
優奈の能力が暴発する。
訓練場全体に幻影が広がった。
無数の人影。
炎。
崩れ落ちる街。
そして――。
悠真の目の前に、幼い頃の父親が現れる。
「……父さん?」
悠真の動きが止まった。
幻影の中の父が振り返る。
『悠真。』
「……。」
『お前は、何のために強くなる?』
悠真は拳を握る。
「……誰かを守るため。」
幻影が揺れる。
『本当に?』
「……。」
『なら、お前は誰を守れる?』
悠真は歯を食いしばる。
「……俺は。」
その瞬間。
幻影が一気に崩れた。
「これは……。」
悠真は理解する。
「優奈の能力じゃない。」
「誰かが……幻覚を操作してる!」
校舎の外。
屋上。
黒い影が立っていた。
手には小型の装置。
「始まった。」
ローブの人物が尋ねる。
「今回の対象は、藤原優奈ですか?」
「ああ。」
男は答える。
「ミラーフェアリー。」
「幻惑能力。」
「そして、分析能力に長けている。」
「彼女なら……。」
男は小さく笑う。
「こちらが欲しいデータを、もっと深く引き出せる。」
訓練場。
優奈は苦しそうに頭を抱えている。
「いや……!」
「止まらない……!」
悠真は木刀を握る。
「優奈!」
「聞こえるか!」
「神崎……くん……?」
「俺の声を聞いて!」
幻影の中で、優奈が顔を上げる。
「今見えてるものは、本物じゃない!」
「でも……怖い……!」
「大丈夫。」
悠真は一歩近づく。
「俺がここにいる。」
その瞬間。
幻影の中に、再び無数の敵が現れる。
悠真は木刀を構えた。
「だったら――。」
一歩。
「全部、壊す。」
次の瞬間。
悠真が幻影へ飛び込んだ。
同時刻。
屋上。
男の表情が変わる。
「……ほう。」
モニターに映る悠真。
「幻惑を……突破した?」
ローブの人物が驚く。
「能力を持たないのに?」
男は静かに笑う。
「だから面白い。」
「神崎悠真。」
「お前が、今回の本当の標的だ。」
男は装置を停止する。
「実験を切り上げる。」
「え?」
「まだ早い。」
男は背を向ける。
「こいつを壊すのは――。」
「もっと後だ。」
その言葉を残し、男は闇の中へ消えていった。
数分後。
幻影が消える。
優奈はその場に倒れ込む。
悠真が支える。
「大丈夫?」
「……うん。」
「ありがとう……。」
桐谷教官が二人へ駆け寄る。
そして。
壊れたリミットリングを見つめる。
「……まただ。」
青木が不安そうに尋ねる。
「先生。」
「今回も……LIMIT BREAK DRUGなんですか?」
桐谷は首を横に振る。
「分からない。」
しかし。
その目には明らかな警戒が浮かんでいた。
「ただ一つだけ言える。」
「今回の犯人は――。」
桐谷は訓練場の外を見る。
「学校の中まで入り込んでいる。」
夜。
悠真は一人、訓練場に残っていた。
木刀を握る。
しかし、振らない。
「……俺が標的?」
今日の幻影。
父の姿。
そして、最後に聞こえた声。
『もっと後だ。』
悠真は空を見上げる。
「お前は……何者なんだ。」
その頃。
遠く離れた廃工場。
黒いマントの男は、一人で写真を見つめていた。
そこには――。
かつてのZERO FORCE。
そして。
その中にいる、若き日の自分。
男は写真を伏せる。
「まだだ。」
「お前には、まだ見せられない。」
「俺が何をされたのか。」
男は右腕の義手を握る。
クリアパーツの奥で、
紫の光と赤い液体が静かに脈動した。
「すべてを知るのは。」
「お前が――。」
「俺と同じ絶望を見た時だ。」




