第11話 人が敵になる日
LIMIT BREAK DRUG事件から翌日。
日本中のニュースは、その話題一色だった。
『新宿暴走事件続報』
『薬物による能力暴走の可能性』
『IAMDAは詳細を公表せず』
『ZERO FORCEが事件を制圧』
テレビには破壊された街並みが映し出される。
SNSでは様々な意見が飛び交っていた。
『新しい能力者テロじゃないのか?』
『ZERO FORCEでも苦戦したらしい』
『また起きるんじゃ……』
国民の間に、不安が広がり始めていた。
国立能力者養成機関。
一年A組。
教室には重苦しい空気が流れていた。
誰も昨日のニュースを忘れられない。
「……怖かったな。」
林翔太が小さく呟く。
「モンスターじゃなくて、人間だったんだよな。」
木村彩花も複雑そうな表情を浮かべる。
「暴れてた人……途中で助けを求めてた。」
「もし薬を使わされていたなら……。」
誰も答えられなかった。
そこへ。
ガラッ。
桐谷教官が教室へ入る。
教室は一瞬で静まり返る。
「全員、演習場へ。」
短い一言だった。
演習場。
一年A組が整列する。
桐谷教官は静かに生徒たちを見渡した。
「昨日の事件。」
「ニュースは見ただろう。」
全員が頷く。
「今日、お前たちへ伝えることがある。」
教官はモニターを起動する。
画面には一枚の文字。
『敵はモンスターだけではない。』
「能力者とは、人を守る者だ。」
「だが、これから先。」
「人間と戦わなければならない日も来る。」
教室の空気がさらに重くなる。
「勘違いするな。」
「相手は犯罪者だ。」
「だからといって、人間であることは変わらない。」
悠真は教官の言葉を静かに聞いていた。
桐谷教官は続ける。
「力を振るう理由を見失うな。」
「守るために戦え。」
「怒りのために戦うな。」
その言葉は、生徒たち一人ひとりの胸に刻まれた。
授業終了後。
悠真は一人、訓練場で木刀を振っていた。
カン。
カン。
カン。
「六百二十一。」
振るたびに、昨日の暴走者の姿が脳裏をよぎる。
(助けて……。)
最後に聞こえた声。
(あの人は……。)
(本当に悪人だったのか。)
悠真は木刀を握る手に力を込めた。
「俺なら……。」
「救えたのかな。」
その時。
「迷うのは悪いことじゃない。」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには、あの老人が立っていた。
「ですが。」
悠真は視線を落とす。
「戦わなきゃ、誰かが傷つく。」
老人は静かに頷く。
「だから難しい。」
「守るとは、斬ることではない。」
「守るとは、選ぶことだ。」
悠真は黙ってその言葉を聞く。
老人は空を見上げた。
「これから、お前は何度も選択を迫られる。」
「助けるか。」
「倒すか。」
「信じるか。」
「疑うか。」
「その時。」
老人は悠真へ視線を向ける。
「お前の覚悟が試される。」
そう言い残し、老人は静かに去っていった。
悠真はしばらく、その背中を見送っていた。
その頃――。
IAMDA日本支部・地下研究局。
黒崎蓮司は新宿事件の資料を見つめていた。
「局長。」
研究員が駆け寄る。
「新たな情報です。」
「現場周辺で、同じ成分が微量ですが三か所から同様のエネルギーが検出されました。」
黒崎の表情が変わる。
「……三か所?」
「はい。」
「つまり。」
「薬は一本じゃありません。」
研究室が静まり返る。
黒崎はモニターに映る日本地図を見つめる。
赤い印が、一つ。
また一つ。
そして、もう一つ灯る。
「始まってしまったか。」
その声は、誰に向けたものでもなかった。
「各支部へ通達。」
「LIMIT BREAK DRUGは複数存在する。」
「第二、第三の事件に備えろ。」
研究員たちが一斉に動き出す。
しかし、その誰も知らない。
さらにその頃――。
薄暗い地下施設。
あの男は、新しい注射器をケースへ戻していた。
「一人目は十分だった。」
ローブの人物が尋ねる。
「次の被験者は?」
男はゆっくりと笑う。
「今度は――。」
「能力者を使う。」
その一言で、部屋の空気が凍り付く。
もし能力者がLIMIT BREAK DRUGを使えば。
その力は、昨日の暴走者とは比べものにならない。
新たな惨劇は、もう始まろうとしていた。




