第96話:イレギュラー
私の名前はマヤ。
先日からウラジオ商会の受付嬢をしています。
この商業都市ゴルディアで、三本の指に入る大企業。
ウラジオ商会。
ここを出入りするのは、基本的にエリート揃いです。
先程は、正体不明な謎の不審者に動揺しました。
失礼しました。
確か、ユウト様と呼ばれる謎の重要不審者。
そんな想定外を気にしていたら、仕事になりません!
お父さん、お母さん。
私は今、超ド級のイレギュラーに遭遇しています。
──────
通路の奥から、二人の男性が歩いてくる。
一人は、うちの商会の従業員らしき人物。
もう一人の男性から五歩ほど先を歩き、周囲を警戒している。
観葉植物。
壁の飾り。
すれ違う社員。
そのすべてに、鋭い視線を向けている。
そして、もう一人。
先程の、正体不明の謎の不審者。
いえ、ユウト様と呼ばれる謎の重要不審者。
腰を曲げ、お腹の辺りを強く押さえつけながら歩いている。
こちらも、かなり挙動がおかしい。
一歩進む。
止まる。
ポケットを押さえる。
後ろを見る。
また一歩進む。
今度は天井を見る。
なぜか床を見る。
さらに、少し先を歩く従業員らしき男性の背中を見る。
何を確認しているのですか。
何から守っているのですか。
前方を警戒する従業員。
全方向を疑う不審者。
二人とも、明らかに普通ではありません。
「右、異常なし!」
先頭の男性が小声で言う。
いや。
小声のつもりかもしれませんが、普通に聞こえています。
「左、異常なし!」
その声を聞いたユウト様が、ぴくりと反応した。
そして、すぐに後ろを振り返る。
「……後ろも」
「大丈夫……だよな?」
……なぜあなたまで確認しているのですか。
守られる側ではないのですか。
いえ。
もしかして、守る側なのですか?
「後方確認します!」
「……頼む」
頼むんですか。
二人で警戒態勢を作っているのですか。
「後方、異常なし!」
もしかして、これは何かの作戦なのでしょうか。
……違いますよね?
違うと信じたいです。
「前方より従業員が接近!」
「……距離は?」
「十歩ほどです!」
「……了解」
了解している。
なぜ了解しているのですか。
すれ違う社員は、困惑しながら道を譲る。
先頭の男性は鋭い視線で周囲を確認し。
ユウト様はポケットを押さえたまま、すれ違う社員をじっと見ている。
怪しい。
二人とも、非常に怪しい。
しかし、ユウト様はウラジオ様が自ら迎えた相手。
危険人物ではない。
はず。
たぶん。
きっと。
「前方より受付!」
先頭の男性が、また小声のつもりの大きな声で言う。
受付は私です。
見れば分かります。
その瞬間。
ユウト様もこちらを見た。
「……」
目が合う。
私は、笑顔を保つ。
ユウト様は、数秒こちらを見たあと、そっとポケットを押さえ直した。
なぜですか。
なぜ今、確認したのですか。
「受付前を通過します!」
「……慎重に行こう」
慎重に行かなくていいです。
ここは受付です。
二人は受付の近くまでやってくる。
私は背筋を伸ばした。
受付嬢として、冷静に。
落ち着いて。
先程のように動揺してはいけない。
「お疲れ様です!」
私が声をかけると、二人が勢いよくこちらを見た。
「ユウト様、ご安心を!」
「今の声は受付の女性からです!」
「本当か?」
本当です。
私です。
「恐らく危険はないかと」
そうです。
危険はないです。
「了解」
「一応、警戒レベル中で行こう」
警戒しないでください。
受付です。
私は丁寧に笑顔で頭を下げる。
先頭の男性は、私に会釈をして進み出す。
その後ろで、ユウト様はじっと私を見ている。
そして、またポケットを押さえた。
「ユウト様!」
「どうした?」
「前方に男が二人!」
「警備員です!」
「見覚えがあります!」
「不審者ではございません!」
不審者はあなたたちです。
「一応このまま警戒します!」
「頼む」
頼むんですか。
本当に頼むんですか。
先頭の男性は、警備員に向かって軽く会釈した。
警備員も困惑しながら会釈を返す。
ユウト様は、警備員二人をじっと見た。
そして、またポケットを押さえた。
なぜですか。
警備員ですよ。
味方ですよ。
「ユウト様」
「外まで残り十二歩です」
「その先に段差がございます!」
「慎重に行きましょう!」
「……分かった」
「扉付近、異常なし」
「……了解」
了解している。
私は受付に立ったまま、二人の背中を見送った。
先頭の男性は、最後まで周囲を警戒している。
ユウト様は、最後までポケットを押さえている。
そして、入口の前で一度立ち止まった。
「外は?」
「確認します!」
先頭の男性が扉の外を覗く。
ユウト様も、その後ろからそっと外を覗く。
二人並んで、同じ方向を覗いている。
怪しい。
あまりにも怪しい。
「安全確認完了しました!」
「よし」
「……行こう」
「かしこまりました!!」
二人は、ようやく外へ出ていった。
扉が閉まる。
受付前に、静けさが戻る。
私はしばらく、その扉を見つめていた。
お父さん、お母さん。
この商会は、エリート揃いです。
それは間違いありません。
ですが。
たまに。
私の理解の及ばない人たちがいます。
そして……
その人たちは、なぜか完璧な連携を見せていました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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ユウトがこのまま「重要不審者」扱いされ続けるのか、ぜひ見守っていただければと思います。




