第95話:新商品2
「では、俺はこれで……」
申し訳なさそうに、ユウトは立ち上がった。
そんなユウトを見て、ウラジオが慌てて手を振る。
「ま、まぁ、そんなにポンポンとアイディアが出るはずありませんから」
「気長に待たせていただきますよ」
ウラジオは、にっこりと笑った。
「帰りは、ロイドに送らせましょう」
そう言って、レイヴンへ視線を向ける。
「……」
レイヴンは無言で頷き、内線を取った。
受話器の向こうから、声が聞こえる。
『はい、ドランです』
「レイヴンだ」
「ロイドはいるか?」
『!! レイヴン様っ!』
『申し訳ございません!』
『ロイド様は食事に行かれております!』
「分かった」
「代わりに君が来てくれ」
『かしこまりました!』
「……」
応接室に、妙な沈黙が落ちる。
レイヴンは受話器を静かに戻した。
「……すいません」
ウラジオが困ったように笑う。
「そういう事なので、代わりの者がお送り致します」
「いえ、こちらこそすいません」
ユウトは反射的に頭を下げた。
「ロイドの食事時間は不定期でしてな」
ウラジオは、少し遠い目をする。
「気がつくと、ふら〜っとどこかへ食事に行って」
「こちらも把握できないのです」
(あいつ自由だな……)
ユウトは心の中で呟いた。
「ロイドの場合、腹が減ると明らかに集中力が切れてしまいまして」
「安全のためにも」
「ある程度の自由は許容しております」
「安全……」
ユウトは小さく呟きながら、再び椅子に腰を下ろした。
「飯か……」
ぽつりと呟く。
(仕事中でも)
(車内でも)
(手軽に食える飯があれば……)
そこで、ユウトの思考が止まった。
いや。
止まったというより。
引っかかった。
(片手で持てて)
(すぐ食えて)
(ちゃんと腹にたまって)
(店に入らなくても買えるやつ……)
「……」
ユウトは、ゆっくりと顔を上げた。
「ユウト殿?」
ウラジオが不思議そうに見る。
「……ありました」
「はい?」
「新商品」
その瞬間。
ウラジオの表情が変わった。
レイヴンの視線も、ユウトへ向く。
「なんと!」
「さすがユウト殿!」
「いや、今思いついただけなんですけど……」
「それはいったい、どのような商品で?」
ウラジオは身を乗り出す。
「えっと……」
ユウトは説明しようとして、止まった。
パン。
肉。
野菜。
ソース。
それを挟む。
言葉にすれば簡単なはずなのに。
いざ説明しようとすると、妙に難しい。
(これ、口で言うより見せた方が早いな……)
「すみません」
「説明が難しいんで」
「明日、試作品を作って持ってきます」
「試作品を……!」
ウラジオがさらに身を乗り出す。
「では、新商品候補があるのですな?」
「まあ……」
ユウトは少し視線を逸らした。
「候補っていうか」
「思いついたというか……」
「素晴らしい!」
ウラジオは満面の笑みを浮かべた。
「では、明日を楽しみにしておりますぞ!」
「ただ、期待しすぎないでください」
「簡単な食べ物なんで」
「それで結構!」
「楽しみにしております!」
ユウトの頭の中には、すでに浮かんでいる。
店に入らなくても、車に乗ったまま受け取れる仕組み。
「あと……」
ユウトは少しだけ考えてから言った。
「商品そのものとは別に」
「売り方も変えられるかもしれません」
「売り方、ですか?」
ウラジオの目が、さらに鋭くなる。
「はい」
「店に入らずに」
「車で店の横に寄って」
「注文して」
「受け取って」
「そのまま飛んでいく」
「……」
ウラジオが黙った。
レイヴンも黙った。
「えっと……」
ユウトは少し不安になる。
「変ですかね?」
「いいえ」
ウラジオは、ゆっくりと笑った。
「非常に面白い」
「客を店内に入れず」
「車に乗ったまま注文を受け」
「そのまま商品を渡す」
「移動を止めずに、食事を売る」
「はい」
ユウトは頷く。
「名前は……」
少し考える。
「ドライブスルー、とか」
「どらいぶするー……」
ウラジオは、その言葉を味わうように呟いた。
「つまり」
「客席に制限のない飲食店」
ウラジオの目は、完全に商人のそれになっていた。
「レイヴン」
「はい」
「通行量が多い場所を洗い出せ」
「建物の側面に受け渡し口を作れる土地」
「待機用の導線」
「安全に一時停止できる空域もだ」
「承知しました」
レイヴンが即座に頷く。
その対応の速さに、ユウトは若干引いた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「まだ試作品も作ってないのに……」
「ええ、もちろんです」
「まずは明日、試作品を拝見してからですな」
ニコニコと笑うウラジオ。
その時。
部屋の外から、慌ただしい足音が近づいてきた。
ドタドタドタ。
……。
……。
コンコン。
「どうぞ」
扉が開く。
「失礼致しますっ」
中に入ってきたドランは、緊張で顔を真っ赤にしていた。
「レイヴン様!」
「大変お待たせいたしましたっ!」
顔を上げるドラン
すると…
「っうら、う、ウラジオ様ああああっ!!」
ウラジオの存在に更に驚くドラン
「忙しいところすまないな」
レイヴンが声をかける。
「こちらのユウト殿をご自宅まで送ってくれ」
「我が商会の命運は、君の働きに掛かっていると思え」
レイヴンの言葉に、ドランの体が固まった。
「は、はいっ!」
「よ、よろしくおっ願い致します!」
「ドランとも、申しまっす!」
(噛みすぎだろ!)
ユウトは思わず心の中で突っ込む。
「ユウト様!」
「お会いできて光栄であります!」
「こちらへどうぞ!」
そう言って、ドランは突然しゃがみ込み、ユウトに背中を向けた。
「え?」
目の前で何が起こったのか分からないユウト。
「おんぶします!!」
「普通に歩くわ!」
「かしこまりました!!」
ドランは勢いよく立ち上がった。
ユウトとドランは、そのまま部屋を出ていく。
その姿を、ウラジオとレイヴンは無言で見送った。
扉が閉まる。
しばらくの沈黙。
「……レイヴン」
「はい」
ウラジオは、扉の方を見つめたまま言った。
「うちの運転手の採用基準は、どうなっているんだ……」
「全てロイドに任せています」




