第87話:緊急会議
全部門長が集まるなんて、そうそうない。
緊張感に静まり返る会議室。
長い机を囲むように、各部門長たちが座っている。
不動産部門室長、カザフ。
食品流通部門室長、ガルド。
技術開発室室長、グレース。
芸能メディア部門室長、オリヴィア。
人事部部長、サラ。
営業部長、ゲルド。
副社長アメリ。
バルド商会代表、バルド。
「会議を始めるにあたって、一人紹介したい方がいます」
アメリが静かに口を開いた。
「どうぞ、お入りください」
アメリが促すと、会議室の扉が開いた。
中に入ってきたのは、二十代。
いや…
十代にも思える少女の姿。
柔らかな雰囲気。
明るい表情。
けれど、どこか底の知れない不思議な空気をまとっている。
「紹介します」
アメリは一歩下がった。
「シオリ・サトウ様です」
「!?」
「なんと!!」
「あの天才科学者の?」
部門長たちがざわつく。
その名は、商会内でもすでに知られていた。
数々の新技術。
その裏にいる存在。
噂と名前だけが広まっていた天才科学者。
それが、目の前に立っている少女だというのだから、驚くのも無理はなかった。
「ご紹介にあずかりました」
セレスは、にこりと笑った。
「シオリ・サトウです」
「どうぞ、シオリとお呼びください」
その笑顔に、会議室の空気がわずかに緩む。
最初に口を開いたのは、オリヴィアだった。
「まさか、噂の天才科学者様が、こんな可愛らしいお嬢さんだったなんてね」
オリヴィアは、嬉しそうに目を細める。
「うちの芸能部門でも通用しますよ」
セレスは少しだけ頬を赤らめた。
次に、ゲルドが身を乗り出す。
「いや、溢れんばかりの愛嬌!」
「それに知性!」
「彼女は営業でこそ真価を発揮する!」
声が大きい。
圧が強い。
(熱苦しいな…)
「いやいや、何言ってんすか」
気だるげな声が、それを遮った。
グレースだった。
「技術開発一択っしょ」
「その人、こっち側の人ですよ」
(なんでこいつ、こんなに眠そうなんだ?)
「ふふ」
「皆さん、ありがとうございます」
各々から向けられる期待に、セレスは少し照れたように笑った。
その顔は、どこにでもいる少女のよう。
バルドの姿をしたユウトは、その様子を少し呆れた表情で眺めていた。
(なに嬉しそうな顔してんだよ……)
「ゴホン!」
アメリが咳払いをした。
一瞬で、会議室の空気が戻る。
「シオリ様は、今回の緊急会議における最重要人物であり」
「協力者です」
アメリは、中央に置かれたパソコンへ視線を向けた。
「それでは、シオリ様」
「お願いします」
「はい」
セレスは頷き、中央に置かれたパソコンの前に座った。
その後ろには、大型のモニターが用意されている。
会議室にいる全員の視線が、そこへ集まった。
「まず……」
「この機械の名前は"パソコン"と言います。」
セレスは、キーボードに手を置く。
「後ろのモニターをご覧ください」
そう言うと、大型モニターに表のような画面が映し出された。
「このモニターには、パソコンの画面と同じ映像が映し出されています」
カタカタカタ。
セレスの指が動く。
画面に文字が表示された。
『文字が入力できます』
部門長たちの表情が変わる。
「ほう……」
カザフが目を細めた。
「これは、紙に書くよりも早いですな」
「書き直しも簡単です」
セレスは、すぐに文字を消し、別の文章を打ち込んだ。
『修正もできます』
「……消えた」
サラが小さく呟く。
「紙なら書き直しになります」
「でも、これなら一瞬です」
セレスは説明を続けた。
「さらに」
画面に数字が入力される。
『12345 × 67890 =』
カタッ。
次の瞬間。
答えが表示された。
『838102050』
「……」
会議室が静まり返った。
「今のは……」
ガルドが低い声で聞く。
「計算、ですか?」
「そうです」
セレスは頷く。
「数字を入力すれば、答えを出してくれます」
「足し算、引き算、掛け算、割り算」
「もっと複雑な計算も可能です」
ゲルドが勢いよく立ち上がった。
「売上計算が一瞬じゃないですか!」
「それだけじゃありません」
セレスは画面を切り替える。
今度は、表のようなものが表示された。
商品名。
在庫数。
仕入れ値。
販売価格。
売上。
利益。
それぞれの項目が、きれいに並んでいる。
「これは、簡単な帳簿です」
セレスが言う。
「商品の数を入力すれば、在庫を管理できます」
「販売数を入力すれば、売上と利益が計算されます」
「仕入れが増えれば、在庫も自動で変わります」
「……自動で?」
ガルドの目が鋭くなる。
「では、倉庫ごとの在庫も管理できるのですか?」
「できます」
セレスは即答した。
「食品流通なら、保存期限も一緒に記録できます」
「期限が近いものから出荷することもできます」
ガルドの表情が変わった。
「それは……素晴らしい」
「食品の廃棄を減らせますね」
「ええ」
セレスは頷く。
「それに、売れ筋も分かります」
「どの商品が」
「どの街で」
「いつ」
「どれだけ売れたのか」
「全部、記録できます」
ゲルドが目を輝かせた。
「営業先の優先順位まで分かるってことですか!」
「そうです」
「売れる場所へ、売れるものを、売れる時に運べます」
「最高じゃないですか!!」
ゲルドの声が会議室に響く。
その隣で、カザフが静かに口を開いた。
「つまり、店の立地を選ぶ際にも使えるわけですな」
「人の流れ」
「売上の傾向」
「周辺の需要」
「そういった情報を蓄積できれば」
「不動産の価値判断も変わります」
セレスは、にこりと笑った。
「その通りです」
カザフは満足そうに頷く。
「これは、実に興味深い」
「紙に記すよりも分かりやすい」
「……動画は?」
やる気のなさそうな声。
グレースだった。
「文字と数字だけじゃなくて」
「絵とか、動く映像も出せる?」
「できます」
セレスは画面を切り替える。
簡単な図形が表示される。
そして、それがゆっくりと動き出した。
「……」
グレースの眠そうな目が、わずかに開く。
「へぇー」
その横で、オリヴィアが身を乗り出す。
「動く映像が出せるなら」
「舞台や歌を、画面の中で見せられるってこと?」
「将来的には、できます」
セレスは答える。
「録画して残すことも」
「離れた場所へ届けることも」
「夢みたい……」
オリヴィアの目が輝く。
「それに、宣伝にも使えます」
「新商品」
「役者」
「歌」
「全部、画面で見せられます」
オリヴィアは口元に手を当てて笑った。
「素敵」
「とっても素敵よ」
サラは静かに画面を見つめていた。
「社員教育にも使えますね」
落ち着いた声だった。
「新人に同じ説明を何度もする必要がなくなります」
「手順を記録し、共有し、確認させる」
「教育の質を揃えられる」
「はい」
セレスは頷く。
「さらに、誰が何を学んだかも記録できます」
サラの表情がわずかに引き締まる。
「人事管理にも使える、ということですね」
「そうです」
会議室に沈黙が落ちた。
だが、それは困惑ではない。
全員が、目の前の道具が自分の部署に何をもたらすのかを考えている沈黙だった。
「そして、もう一つ」
セレスはキーボードから手を離した。
「このパソコンの本当の価値は、ここからよ」
「本当の価値……?」
グレースが聞き返す。
セレスは頷いた。
「インターネット」
その聞き慣れない言葉に、会議室の全員が首を傾げる。
「いんたーねっと……ですか?」
カザフが静かに繰り返した。
「ええ」
セレスは大型モニターを指さす。
「簡単に言うと」
「離れた場所にあるパソコン同士を繋ぐ仕組みよ」
「繋ぐ?」
ガルドが眉をひそめる。
「今、ここにあるパソコンは一台だけ」
「だから、この中に入っている情報は、このパソコンを触れる人しか見られない」
セレスは画面に一つの表を表示した。
商品名。
在庫数。
仕入れ値。
販売価格。
利益。
「例えば、この在庫表」
「今は、この会議室でしか見られない」
「でも、インターネットで繋げば」
セレスは、画面の端に別の小さな枠を表示する。
「別の支店でも」
「別の倉庫でも」
「遠くの街でも」
「同じ情報を見ることができる」
会議室の空気が、わずかに変わった。
「つまり……」
ガルドが低く呟く。
「食品流通部門の倉庫と本部が、同じ在庫情報を見られるということですか?」
「そう」
セレスは頷く。
「倉庫で在庫が減れば、本部の画面にも反映される」
「本部で発注すれば、倉庫側にも伝わる」
「今まで人が走って伝えていた情報を」
「画面の中で、一瞬で届けられる」
ガルドの目が鋭くなる。
「それは……」
「配送の無駄が減ります」
「腐らせる前に動かせます」
「ええ」
セレスは微笑む。
「でもさぁ…」
「それって端末と一緒じゃない?」
グレースが口を開く。
「そうですね」
「ですが、端末の有効範囲は商会の近辺」
「広げても、せいぜいこの街の中までです」
「!?」
「なぜそれを…」
端末の有効範囲まで知っている事に驚くグレース。
「私が作ったんだもん」
ニコっと笑うセレス
その言葉に驚き
アメリに視線を向けるグレース
「…」
無言で頷くアメリ。
「まいったねこりゃ…」
「フフッ」
「話を戻しますが」
「インターネットなら、世界中どこでも繋がれます。」
「それと、もう一つ」
セレスは画面を切り替えた。
そこには、商品名と価格が並んだ画面が表示される。
保存食。
衣服。
日用品。
調味料。
それぞれの横には、数量を入力する欄があった。
「これは?」
アメリが尋ねる。
「通信販売」
「つうしんはんばい?」
「お店に行かなくても、画面の中で商品を選んで注文できる仕組みよ」
セレスはキーボードを叩く。
カタカタ。
画面に、注文内容が表示された。
『保存食 二十個』
『配送先 ゴルディア東区』
『注文確定』
「こうやって、欲しい商品と届け先を入力する」
「すると、その情報が商会に届く」
「商会は倉庫から商品を出して、配送する」
「つまり……」
ガルドが低く呟く。
「客が店に来なくても、商品が売れるということですか?」
「そう」
セレスは頷いた。
「遠くの街にいる人でも」
「忙しくて店に来られない人でも」
「画面から注文できる」
「しかも」
「誰が、いつ、何を、どれだけ買ったか」
「全部記録できる」
「次に必要になりそうな商品も予測できる」
「売れ筋も分かる」
「在庫も調整できる」
「配送ルートも組める」
ガルドが腕を組んだ。
「食品流通との相性が良すぎますね」
「保存期限の近い商品を、必要な場所へ優先的に流せる」
「ええ」
「無駄が減るわ」
カザフが静かに頷く。
「となると、配送拠点の場所が重要になりますな」
「客の多い地域」
「倉庫からの距離」
「主要道路への接続」
「その情報も蓄積できれば、拠点づくりそのものが変わります」
「その通り」
セレスはにこっと笑った。
オリヴィアが楽しそうに手を合わせる。
「画面で商品を見せられるなら、宣伝も可愛くできるわね」
「新しい服を着た役者さんを映して」
「そのまま注文してもらう、とか」
「できるわ」
「宣伝と販売を、同じ画面で繋げられる」
「素敵!」
サラは静かに画面を見つめていた。
「便利ですが、注文を受ける人員、配送する人員、問い合わせに答える人員が必要になりますね」
「ええ」
セレスは頷く。
「だから、人事も重要になる」
「どの地域に、どれだけ人を配置するか」
「どの部署が、どの注文を処理するか」
「全部、仕組みとして作る必要がある」
サラは静かに頷いた。
「これは、商会全体の形を変える事業ですね」
「うん」
セレスは画面を見つめる。
「ただ商品を売るんじゃない」
「買い方そのものを変えるの」
会議室が静まり返った。
全員が、今の言葉の意味を考えていた。
その沈黙の中。
バルドの姿をしたユウトだけが、少しだけ首を傾げていた。
(なんか思った以上に大事になってないか……?)
横を見ると、アメリが真剣な顔で頷いている。
さらにセレスは、どこか楽しそうに笑っていた。
(まあ……)
(売れるなら、いいか)
ユウトは深く考えるのをやめた。




