第80話:限界を知れ
うら飯屋の方へ歩き出すユウト。
その背中に、セレスの声がかかった。
「そっちはダメ」
「……え?」
振り返る。
セレスは、別の通りを指さしていた。
「こっちにしよ」
その先にあるのは、以前ギルドマスターのワイトに教えてもらった店の方だった。
「話したいことがあるし……」
「……そうだな」
ユウトは少しだけ考える。
「うら飯屋ばっかりだったし」
「たまには良いか」
二人は並んで歩き出した。
夜の街並み。
街灯の光。
行き交う人々。
建物の外壁に映し出される広告。
ガラス越しに見える、明るい店内。
セレスは歩きながら、きょろきょろと周囲を見回していた。
「わー……」
外壁のモニターを見上げる。
「すごい……」
今度は、光の漏れる店の中を覗き込む。
その姿は。
どこにでもいる少女のようだった。
「……」
ユウトは、少しだけ歩調を緩める。
「なぁ」
声をかける。
だが、続きを言う前に。
「実際に見るのは初めてなの」
セレスが答えた。
「ユウト」
「本当に綺麗な街だね」
その言葉は、素直だった。
嬉しそうで。
少しだけ、眩しそうで。
「……そうか」
ユウトは短く答える。
「そうだよな」
しばらく歩いてから、ふと思いつく。
「ちょっと寄り道していくか?」
「ううん、大丈夫!」
セレスは首を振る。
「早く行かないと、席に座れないよ」
「それを早く言えよ」
ユウトは思わず笑った。
――――――
しばらく歩くと、目的の店が見えてきた。
綺麗な外観。
明るい看板。
店の前を行き交う人々。
(これが普通の店なんだよな……)
そう思った瞬間。
ユウトの頭の中に、ボロくて寂れたうら飯屋の姿がよぎった。
(……あれはあれで落ち着くけどな)
店の扉を開ける。
中はかなり混雑していた。
客の話し声。
料理の香り。
店員の忙しそうな声。
「うわ……混んでるな」
ユウトが呟いた、その時。
「ごちそうさまー」
近くの席で、ちょうど客が立ち上がった。
「はーい」
店員が返事をする。
入れ替わるように、二人は席へ案内された。
「やっぱ凄いな」
ユウトは椅子に座りながら言う。
「その能力……」
「でしょ!」
セレスは得意げに胸を張った。
そのドヤ顔は。
シオリとまったく同じだった。
「……」
ユウトは一瞬だけ、言葉を失う。
だが、すぐにメニューへ視線を落とした。
――――――
「これと……」
セレスがメニューを指さす。
「これと、これ」
さらに指が動く。
「それと、これも」
「あと、これも!」
「これもお願いします」
「はあああ?」
ユウトは思わず声を上げた。
「お前、そんなに食えるのかよ」
「うん、大丈夫」
セレスは当然のように頷く。
(大丈夫って……)
(身体は詩織なのに……)
(詩織って、こんなに大食いだったか?)
不安に思いながら待っていると。
しばらくして、大量の料理が運ばれてきた。
皿。
皿。
皿。
テーブルの上が、あっという間に料理で埋まっていく。
「わーー!」
セレスの目が輝いた。
「すごい!」
料理を見つめるその表情は、子供のようだった。
「食べていい?」
「いいよね!」
「食べるよ!」
「いただきまーす!」
「興奮しすぎだろ」
ユウトは苦笑いする。
そんなユウトをよそに、セレスは料理を口へ運んだ。
一口。
その瞬間。
セレスの目から、涙がこぼれた。
「美味しい!!」
「それが」
「こんなにいっぱい……!」
「お、おい……」
ユウトは慌てる。
「大丈夫か?」
「うん」
セレスは頷く。
涙を拭いながら。
「こんなにご飯を食べられるなんて」
「嬉しくて……」
「……そういえば、そうか」
ユウトは言葉を失う。
(こいつの生きてた時代は……)
荒れた大地。
奪い合う人々。
飢え。
渇き。
伝説として聞いた話が、急に現実味を帯びる。
ユウトは、少しだけ声を柔らかくした。
「取らないから、ゆっくり食べな」
「うん」
セレスが笑う。
「ありがとう、ユウト」
その笑顔に、ユウトは何も返せなかった。
――――――
しばらくして。
「ゆ、ユウト……」
小さな声。
「どした?」
ユウトが顔を上げる。
セレスは、少し青い顔でお腹を押さえていた。
「お腹が変だよ」
「苦しい……」
「お、おい」
ユウトが慌てる。
「大丈夫か?」
「病気とかじゃないの」
セレスは真剣な顔で言う。
「これが、お腹いっぱいって事なのね」
「初めての経験……」
「おいいいいい!!」
ユウトの声が店内に響きかける。
目の前には、まだ大量の料理が残っていた。
「だ、大丈夫」
セレスは震える手で、料理を指さす。
「ユウト、食べて」
「ユウトなら食べ切れる」
「私はなんでも知っている」
「まず自分の限界を知れ!!」
ユウトは叫びながらも、料理を自分の皿へ寄せる。
そして、食べ始めた。
一皿。
二皿。
三皿。
途中、セレスが水を差し出す。
「はい」
次の瞬間。
ユウトの喉に料理が引っかかった。
「ぐっ……!」
慌てて水を飲む。
(こいつ……!)
(察しがいいのが逆に腹立つ……!)
「ふぅ……」
息を整え、また食べ始める。
涙を流しながら。
胃の限界と戦いながら。
それでも食べ進める。
そして――
完食。
「やっぱり、食べきれた」
セレスは苦しむユウトをよそに、満足げにドヤ顔をした。
「お前なぁ……」
ユウトはテーブルに突っ伏す。
「それでね、ユウト」
セレスが姿勢を正す。
「大事な話があるの」
「この流れで話すのかよ……」
セレスは静かに続ける。
「私とシオリちゃんの全知全能」
「頭の中に、文字が浮かび上がる感じなの」
「文字?」
「ええ」
セレスは目の前のメニューを手に取った。
「例えば、このメニュー」
「料理の名前が書いてある」
「何が入っていて、どんな料理なのかも分かる」
「けれど、目の前に運ばれてくるまで」
「実物は分からない」
ユウトは顔をテーブルに埋めたまま、片目だけ開く。
「……つまり?」
「知っていることと、体験することは違うの」
セレスは、少しだけ優しく笑った。
「そんな感じよ」
「……なんで俺にそれを?」
ユウトが低く聞く。
セレスはメニューを置いた。
そして。
「あなたには、これからお金を稼いでもらいます!」
「……は?」
ユウトが顔を上げる。
「私の能力を使ってね」
「……」
ユウトはポケットに手を入れる。
指先に触れる、小さな輪。
(認識阻害リング……)
顔を上げる。
「そう!」
セレスが頷く。
「あなたは、シオリちゃんの残したものを守る」
「バルド商会を守る」
「つまり……」
その瞬間。
ユウトの中で、言葉が浮かぶ。
(詩織の帰る場所を守る)
「そうよ!」
セレスは微笑む。
「でも、気をつけて」
その声が、少しだけ低くなる。
「魔王が邪魔をしてくる」
「……」
ユウトの表情が変わる。
先ほどまでの緩い空気が、一瞬で消えた。
「なんで魔王が俺の邪魔するんだよ」
セレスは答えない。
ただ、じっとユウトを見る。
その沈黙が。
答えよりも、不穏だった。
「……まだ言えないって顔だな」
「ええ」
短い返答。
「今はね」
ユウトは息を吐く。
そして、椅子にもたれかかった。
満腹で苦しい。
それでも――
目だけは、逸らさなかった。
「分かったよ」
「稼ぐ」
「守る」
「詩織が帰ってくる場所を」
セレスは、静かに微笑んだ。
「うん」
「お願いね、ユウト」
少しだけ間を置いて、セレスは続ける。
「私なら、次にユウトが何を作るのか分かる」
「それを伝えるだけで楽に稼げる」
「けど、そうじゃない」
「見せてほしいの」
「あなたに、未来を変える力があるのか」
「神の力を超える発想を……」
窓の外では、街の灯りが夜を彩っていた。
その光の中で。
ユウトは少しだけ理解した。
金。
商会。
発展。
剣を振るうだけが、戦いじゃない。
そして、その戦場は――
この街そのものだった。




