第8話:パートナー
個室には、まだラムネの泡の音が残っていた。
静かに弾ける、小さな音。
だがその空気は――先ほどまでとは明らかに違っている。
「さて」
ウラジオがゆっくりと口を開く。
視線はラムネの瓶へ。
「これは単なる飲み物ではない」
「仕掛けがある」
「音がある」
「体験がある」
「これは、売れますな」
断言だった。
「俺もそう思います。」
ユウトは短く答える。
ウラジオが視線をこちらへ戻す。
「ユウト殿――」
一瞬、間を置いた。
「私の商会に入りませんか?」
(やっぱりか)
「断ります」
間髪入れずに返す。
「ほう?」
「理由を伺っても?」
「金は欲しいけど働きたくない。」
「俺は自由に生きたい。」
沈黙。
そして――
「はは……!」
ウラジオが声を上げて笑った。
「ここまで正直なのは珍しい」
「組織に入ると面倒なんで」
「時間も縛られるし、責任も増える」
「それは避けたいです」
ウラジオはしばらくユウトを見つめ――
やがてゆっくりと頷いた。
「なるほど」
「では、こうしましょう」
「あなたは“アイディアを出す”」
「私は“形にして売る”」
「利益は折半」
「対等な関係で」
(それでいい)
「乗ります」
短く答える。
「では、ラムネの話を詰めましょう」
ウラジオの声が低くなる。
「この構造は量産可能です」
「ガラス、ビー玉、圧力管理――いずれも問題ない」
(さすが科学都市だな。)
「つまり勝負は中身」
「どう差別化するかです」
ユウトは軽く頷く。
「バリエーションですね」
「ええ」
「そしてもう一つ」
ウラジオが視線を上げる。
「価格帯の分離」
(そう来たか…)
「庶民向けと、上流向け」
「同じ構造でも、全く別の商品になる」
ユウトは少しだけ考え――口を開いた。
「じゃあ」
「両方やりましょう」
ウラジオの眉がわずかに動く。
「ほう?」
「ラムネはそのまま」
「で――」
一拍置く。
「もう一つは、酒なんてどうでしょう」
空気が変わる。
「この構造で」
ウラジオはゆっくりと瓶を見つめる。
…
……
数秒の沈黙。
そして――
「試験運用、ですな」
低く、確信を込めた声。
「ええ」
「ラムネは庶民向け」
「酒は上流向け」
「反応を見る」
「どちらが伸びるか」
(それでいい)
「面白い」
ウラジオがはっきりと笑う。
「市場調査を兼ねた販売」
「無駄がない」
完全に乗ってきている。
「ただし」
すぐに現実に戻る。
「酒の方は慎重にいきましょう」
「品質、格、演出」
「すべてが求められる」
(まあそうなるよな)
「ラムネで基盤を作る」
「酒で利益を取りにいく」
「この順番が理想です」
「了解です」
方針は固まった。
ユウトは椅子にもたれる。
(俺は考えるだけ)
(あとは全部任せる)
それで金になるなら十分だ。
「販売は私が担当します」
「場所も、客も、価格も用意する」
「お願いします」
ウラジオはゆっくりと立ち上がる
「あなたは良い提案だけしてくれればいい」
そして、右手を差し出した。
「良い関係になりそうですな」
ユウトも立ち上がる。
その手を、迷いなく握る。
しっかりと。
短く、だが確かな力で。
その握手は――
新たな商売の始まりを告げていた。




