第7話:贅沢の味と乾杯
静かな個室だった。
外の喧騒は、まるで別世界のように遠い。
整えられた食器。
磨かれたテーブル。
そして――
ルービックキューブ。
(……やっぱり置いてるよな)
「まずは、こちらから」
ウラジオが静かに指を鳴らす。
扉が開く。
黒服の男が入ってきた。
俺をギルドまで迎えに来た男だ。
手には、薄い革製のケース。
「商標権の代金です」
ユウトはケースを開く。
中には、整然と並べられた紙幣。
その瞬間――
「……ドラゴン?」
描かれている肖像は、俺の知っている人物ではない。
翼を広げた西洋のドラゴン。
精密で、威圧感すらある。
(……ああ、そうか)
福沢諭吉が描かれているはずの紙幣。
その前提が、当然のように崩れている。
(ここは“日本”じゃない)
改めて実感する。
(ああ……そうだった、ここは異世界なんだ)
思わず寂しげな笑みが浮かぶ。
ドラゴンの絵をじっと見つめ、わずかに驚きがこみ上げた。
だが、それも一瞬。
束を一つ、持ち上げる。
しっかりとした重み。
帯付きの札束を持つのは、初めての経験だ。
「五千万円、確かに」
静かにケースを閉じる。
ウラジオは満足そうに頷き、口を開いた。
「紹介しましょう」
ウラジオは視線を横に向ける。
「レイヴンです」
「元は、少々物騒な仕事をしていましてね」
ウラジオは軽く微笑む。
「暗殺者です」
(……は?)
「今は私の身辺警護を任せています」
レイヴンは一礼するだけだった。
「下がりなさい」
レイヴンは静かに部屋を後にする。
足音すら残さない。
(……とんでもないのを抱えてるな)
「では、食事をしましょう」
料理が運ばれる。
香りが立ち上る。
繊細な盛り付け。
一目で分かる、高級な料理。
「口に合うといいのですが」
「いただきます」
一口。
(……うまい……のか?)
(……これは、うまいのか??)
(そうか――これは“食事”と言っても腹を満たすものじゃない)
(満たしているのは、心だ)
(俺が食べているのは飯じゃない)
(贅沢だ)
(俺は、贅沢を食べているんだ)
若干眉をひそめながら、金持ちの気分を味わった。
「さて」
ウラジオはフォークを静かに置いた。
「本題に入りましょう」
「このルービックキューブは素晴らしい」
「ありがとうございます」
評価は率直。
だが、その奥にあるのは――計算。
「正直にお聞きします」
「他にも、アイディアや試作のご予定は?」
一瞬悩んだが――
(……見せるか)
ユウトは小さなガラス玉をテーブルの上に置く。
「……それは?」
「ビー玉です」
「ただのガラス玉、ですね」
ウラジオは軽く眉を動かすだけ。
反応は薄い。
(やっぱり、そんな反応だよな)
ユウトは視線をテーブルの下に落とす。
小さな光が指先で瞬く。
瞬間、特殊な形をした透明な瓶を創造した。
(この能力は、まだ見せる訳にはいかない)
ビー玉が蓋の栓となり、液体が中でゆらめいている。
静かな炭酸の泡が、瓶の中で小さく弾ける。
夏の風物詩、ラムネだ。
「この瓶を見てください」
テーブルの中央に瓶を置いた。
「ほほぅ、ガラス瓶とは珍しいですな」
この世界でも、ガラス瓶の飲料は珍しいらしい。
「ビー玉は蓋の部分にはめ込まれています」
「確かに」
「このビー玉が、この飲み物の栓になっています」
ウラジオの目が、わずかに光る。
「開栓する時は、この“玉押し”という道具を使います」
シュッ――
ポン……カランコロン
シュワワワ……
爽快な音と共に、透明な液体が小さな泡を纏いながら光を反射する。
「素晴らしい!」
ウラジオが目を輝かせながら立ち上がった。
「ユウト殿、これは素晴らしいですよ!」
「ただのガラス玉に価値を見出した!」
「素晴らしい発想だ!」
「それに、中の飲み物を変えれば、いくらでも応用が利く!」
「このビー玉には、無限の可能性が秘められている!」
「ビー玉が落ちた時の軽やかな音も良い!」
予想以上の好反応に、俺は唖然としていた。
「そ、そうですよね!」
ユウトが口を開くと、空気が少し変わる。
「今後とも、良い関係を築ければと思っています」
(来たな……)
「こちらとしても」
「信頼できる相手とは、長く付き合いたいです」
視線がぶつかる。
小さな泡の弾ける音と、ビー玉の光が揺れる。
俺はもう一本、ラムネを用意した。
「これから、よろしくお願いします」
ラムネの瓶を軽く合わせる。
コツン、と小さく響く乾杯の音。
その音は――
新たな関係の始まりを告げていた。
(とりあえずは成功、か)
だが分かっている。
これはまだ――
“入口”に過ぎない。




