第78話:英雄
しばらくして――
「お待たせいたしました」
奥から、シシリーが歩いてきた。
「ユウト様も、お目覚めになられたようで何よりです」
「ご心配をおかけしました」
ユウトが軽く頭を下げる。
シシリーは穏やかに微笑んだ。
「皆さん、お忘れ物はございませんか?」
ウラジオが周囲を見回しながら言う。
「ええ」
「大丈夫です」
ユウトとセレスが答える。
「んじゃ、行くぞー」
ロイドが軽く手を上げる。
「お前、また……」
「私が言おうとしたことを!」
「悪りぃ、旦那」
ロイドが笑う。
「あの、レグナスさんは?」
ユウトが尋ねる。
「私は後始末がございますので」
レグナスは静かに答える。
「もう一泊していきます」
「皆さん、気をつけてお帰りください」
そう言って、にこりと微笑んだ。
その時――
教会の奥から、小さな足音がいくつも聞こえてきた。
シスターと子供たちだった。
「シオリおねえちゃん」
「かえっちゃうの?」
「またあえる?」
「げんきでね!」
子供たちが次々と声をかける。
セレスは膝を折り、子供たちと目線を合わせた。
「うん、また来るね」
「シスターの言うこと、ちゃんと聞いてね」
そう言いながら、子供たちの頭を優しく撫でる。
その手つきは、驚くほど自然だった。
「ずいぶん懐かれたな」
ユウトが言う。
セレスは子供たちを見つめたまま、柔らかく笑った。
「うん!」
「私、子供が好きなの」
裏表のない、素直な笑顔だった。
「……」
ユウトは一瞬、言葉を失う。
シオリの顔で…
胸の奥が、少しだけ揺れた。
「そ、そうか」
少し顔を赤くし、それだけ返す。
「じゃあ、みんな」
セレスが立ち上がり、手を振った。
「元気でね」
「お世話になりました」
ユウトもシスターたちへ頭を下げる。
「どうか、お気をつけて」
シスターが静かに言う。
その言葉に見送られながら――
ユウトたちは教会を後にした。
「車は村の外だ」
「遅れんなよー」
ロイドが先を歩きながら言う。
どうやら、村の中に車は入れないらしい。
(そう言えば、来た時も村の入口までだったな……)
しばらく歩くと、広場が見えてきた。
火祭りの跡。
崩れた木組み。
えぐれた地面。
ドラゴンとの戦いの痕跡が、まだ生々しく残っている。
その時だった。
「ユウト様!」
誰かが声を上げる。
「ユウト様だ!!」
次々と村人たちが集まってきた。
「わっ、ちょっ……」
あっという間に、ユウトは囲まれる。
「ユウト様」
「村をお守りくださり、本当にありがとうございました」
「え?」
何が起きているのか分からない。
「ユウト様のおかげで、村は救われました!」
「いや、俺はなに――」
言いかけた瞬間。
脇腹に、鋭い痛み。
見えないように、セレスにつねられていた。
「……っ」
「何すんだよ」
ユウトが小声で言う。
「いいから」
セレスも小声で返す。
「レグナスの苦労を無駄にする気?」
「レグナスの?」
その瞬間。
ユウトの脳裏に、さっきの言葉がよみがえる。
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「私は後始末がございますので」
「もう一泊していきます」
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「あれって、そういう事だったのか……」
ユウトは、ようやく理解する。
村人たちの中では。
自分が、凶暴なドラゴンを追い払ったことになっている。
そういう形に、レグナスが整えたのだ。
「レグナスさん……」
小さく呟く。
感謝と。
申し訳なさと。
どうにもならない歯がゆさが、胸に残る。
「さっ、行きましょう」
セレスが静かに促す。
「ユウト様ー!」
「また来てくださーい!」
村人たちは手を振っていた。
「……」
ユウトは、何も言えない。
ただ、無言で手を振り返す。
「なんだ兄ちゃん」
ロイドが笑う。
「人気者だな」
何も知らないその声が、少しだけ痛い。
「当たり前です」
ウラジオが胸を張る。
「結果的には、ドラゴンから村を守ったのは事実ですから」
「ドラゴンだと?」
ロイドが目を丸くする。
「へぇー」
「見かけによらずやるなぁ」
「……」
ユウトは視線を落とす。
(俺の攻撃、全く効いてなかったんだが……)
その事実だけが、重く残る。
そうこうしているうちに、村の入口が見えてきた。
そこには車が一台、停まっている。
だが――
その前には…
どこから聞きつけたのか、
広場よりも多くの村人たちが集まっていた。
「英雄様ー!」
「ユウト様ー!」
「ユウト様、ありがとうー!」
「英雄様、また来てください!」
見送りに来てくれたのだ。
「……」
ユウトは、驚きすぎて声が出ない。
英雄。
その言葉が、あまりにも自分から遠かった。
それでも。
村人たちは笑っている。
救われたと信じている。
「……」
ユウトは、手を振りながら足早に車へ乗り込んだ。
何も言えないまま。
浴びたことのない歓声。
向けられたことのない感謝。
英雄なんて言葉は、自分には似合わない。
そう思っているのに――
どうしても、口元が緩んでしまう。
ユウトはただ下を向き、
そのニヤけた顔を隠すことしかできなかった。




