第69話:聖霊祭
「――その日以降、毎晩この湖は光り輝き、魔物へ力を与えるようになったのです」
シスターの静かな声が夜道に溶けていく。
誰もすぐには言葉を発しなかった。
風だけがそっと通り過ぎる。
子供たちでさえ、どこか空気を読んだように静かだった。
やがて――
「……悲しい話ですね」
シオリがぽつりと呟く。
その横顔は、いつもの軽さがなかった。
「ええ」
シスターは小さく頷く。
「真実かどうかは分かりません」
「ですが、この村では代々そう語り継がれております」
「だからこそ今夜、私たちは祈るのです」
「傷ついた魂が、少しでも安らげるように」
レグナスも、ウラジオも黙って歩いている。
普段の軽口はなかった。
ユウトは湖の方を見る。
暗闇の中、水面の奥がわずかに青く揺れていた。
(本当に……光ってる)
ぞくりと背筋が震える。
「着きましたよ」
シシリーが優しく言う。
視界が開け、村の中央広場へ出た。
そこには多くの人々が集まり、灯りが並び、祭りの準備が整っていた。
屋台。
音楽。
笑い声。
先ほどまでの重い空気が、嘘のように明るい。
「わぁ……!」
シオリの顔が一気に輝く。
「すごい!」
子供たちも走っていく。
「こらこら、転ばないでくださいね」
シスターが慌てて追う。
その様子に、皆の表情も少し和らいだ。
「ではお二人とも、楽しんでいってください」
レグナスとウラジオが微笑み
広場の奥へ向かった。
残されたのは、ユウトとシオリ。
祭りの喧騒の中、二人きりになる。
「……で?」
ユウトが言う。
「結局なんなんだよ、この流れ」
「んー?」
シオリは屋台を見回しながら、とぼけた顔をした。
「デートだけど?」
「いや、その前だよ」
「なんでレグナスの居場所を知ってた」
「なんでこの村に来た」
「なんで俺を連れてきた」
矢継ぎ早の追及。
シオリは少し笑って、一歩近づいた。
「全部、勘」
「嘘つけ」
「半分ほんと」
さらに一歩近づく。
「もう半分は――」
「秘密」
「……っ」
ユウトの思考が止まる。
近い。
顔が近い。
息がかかる距離だった。
「な、なにして……」
「静かに」
シオリの声が、驚くほど優しかった。
その瞳には、いつもの悪戯っぽさだけではない何かがあった。
その直後――
「まずは遊ぶ!」
シオリがくるりと背を向け、ユウトの手を引いて駆け出す。
「お、おい!」
二人は焼きたての串焼きを分け合い、熱さに慌てながら笑い合った。
次の屋台ではシオリが飴細工にはしゃぎ、出来上がったドラゴンを見て子供のように目を輝かせる。
射的ではユウトが意地になり、景品を取るまで帰れないとムキになる姿にシオリはずっと笑っていた。
やがて二人は、広場の喧騒を離れ、湖畔の静かな道へと歩き出した。
祭りの音が遠ざかる。
水面には星空。
風は涼しく、夜は穏やかだった。
「…」
「……綺麗ね」
シオリが呟く。
「あぁ」
ユウトも湖を見る。
しばらく沈黙が続いたあと――
「ねぇ、優斗ー」
「なんだよ」
「転生する前のこと、覚えてる?」
「……まぁな」
「私たち、小さい頃は毎日一緒だったよね」
「あぁ」
ユウトが少し笑う。
「家も隣だったしな」
「朝になったら勝手にお前が来て、勝手に俺のゲーム始めてた」
「失礼ね」
シオリが頬を膨らませる。
「ちゃんと挨拶してたもん」
「おはよーって言いながら人んちの冷蔵庫開けてただろ」
「細かい男はモテないよ?」
「うるせぇ」
二人で笑った。
「高校でも毎日一緒に登下校してたのに」
「優斗、学校入ると急に他人行儀だったよね」
「……仕方ねぇだろ」
「クラス違ったし」
「照れてた?」
「違う」
「じゃあ意識してた?」
「違う」
「へぇー」
完全に面白がっていた。
「優斗、昔は今よりずっと喋ってたのに」
「いつからあんなひねくれた陰キャになったの?」
「余計なお世話だ」
「中学入った辺り?」
「知らん」
「女子に笑われた辺り?」
「やめろ」
即答だった。
シオリが吹き出す。
「図星なんだ」
「うるせぇって」
少し拗ねたように前を向くユウト。
そんな横顔を、シオリは優しく見つめていた。
「でもさ」
「ん?」
「高校でも、一緒に登下校できて嬉しかったんだよ?」
「……は?」
ユウトが足を止める。
「教室は別でも」
「朝になれば迎えに行けたし」
「帰り道も、隣にいたし」
「ちゃんと昔のままだなって思えた」
夜風が吹く。
シオリの髪が揺れる。
湖面が、月明かりを細かく砕いた。
「……変なやつだな」
ユウトがぼそりと呟く。
「そっちこそ」
シオリが笑う。
少し沈黙が流れた。
やがてシオリが、また静かに口を開く。
「ねぇ優斗」
「なんだよ」
「もし転生なんてしなかったら、私たちどうなってたと思う?」
ユウトは少し考える。
「……たぶん」
「お前はそのまま人気者」
「俺は目立たず卒業してた」
「でも登下校だけは、なんだかんだ一緒だったんじゃねぇか」
「……そっか」
シオリは小さく頷いた。
次の瞬間。
ぎゅっと、ユウトの腕に抱きつく。
「でも私は、今の方が好き」
「……っ」
「こうして隣を歩いてる優斗の方が、ずっと好き」
心臓が大きく跳ねた。
「お、お前……」
顔が熱い。
シオリは悪戯っぽく笑う。
「なに赤くなってんの?」
「なってねぇ!」
「なってるー」
からかう声。
けれどその瞳の奥には、言葉にできない切なさが滲んでいた。
その時だった。
湖面が、ふっと強く輝いた。
青白い光が広がり、水底から何かが呼吸するように明滅する。
「……!」
ユウトが足を止める。
同時に、シオリの身体も淡く光り始めた。
「お、おいシオリ!?」
ユウトが慌てて肩を掴む。
だが――
シオリは驚いていなかった。
ただ静かに、湖を見つめていた。
「……やっぱり」
「え?」
「ずっと頭の奥で、ここに来なきゃって感じてたの」
「レグナスの居場所も」
「この村のことも」
「今日、優斗と来ることも」
「全部、なんとなく分かってた」
ユウトは言葉を失う。
シオリの瞳の奥で、星のような光が揺れていた。
「分かる……」
「この湖の底に何があるか」
「この村の誰が今どこにいるか」
「明日、誰が笑って」
「誰が泣くかまで……」
ぞくりとするほど静かな声だった。
「シオリ……お前の能力って」
ユウトは気づいていた。
超科学なんかじゃない。
そんな言葉で説明できるものではないと。
魔王が嘘をついていたことも。
口を開きかけた、その瞬間。
すっと、人差し指が唇に触れた。
「しーっ」
シオリが微笑む。
「今それ言うの、野暮ってやつだよ」
「……」
「私も、ちゃんと受け入れる時間ほしいし」
少しだけ寂しそうに笑う。
それでも次の瞬間には、いつもの表情に戻っていた。
「だから今は――」
ユウトの腕を引く。
「せっかくのデート、続けよ?」
湖は静かに光り続ける。
まるで二人を、見守るように。
シオリかわいい




