第59話:商人たちの思惑
――翌日。
レグナス商会、応接室。
磨き上げられた机。
上質な調度品。
落ち着いた照明。
品の良さをそのまま形にしたような部屋だった。
その中央で――
商人らしい柔和な笑みを浮かべる男、
レグナスが紅茶を口にする。
向かいには、
腕を組んだ青年――シュウイチ。
そして壁際には、
秘書の女性が静かに控えていた。
「いやはや」
レグナスが感心したように息を吐く。
「敵ながら、バルド商会の手腕には驚かされました」
「夜食市場を狙うとは…」
「実に見事な着眼点です」
にこやかな声。
だがその目は、
しっかりと数字を見ていた。
「とはいえ――」
売上報告書へ視線を落とす。
「我がレグナスカレーも、大変好評でしてね」
「初動としては上々」
「実に喜ばしい結果です」
満足そうに微笑む。
だが――
「……くだらない」
低く吐き捨てたのは、
シュウイチだった。
机上の資料を睨みつける。
「妙算を使った」
「需要予測も」
「価格設定も」
「販売導線も読んだ」
拳がわずかに震える。
「それでも…」
「想定外の角度から割り込まれた」
苛立ちが隠せない。
「引き分け?」
「冗談じゃない」
「勝てる盤面だった」
レグナスは肩をすくめる。
「しかし商売とは、数字だけでは測れぬものですよ」
「感情。空気。勢い」
「それもまた市場です」
「……」
シュウイチの視線が鋭くなる。
そして――
「“優斗”という青年について」
シュウイチが低く口を開く。
「調べはついたのか?」
レグナスはわずかに表情を曇らせた。
「いや、それがまだでして」
「情報が少なく、足取りも曖昧で……」
「現在、鋭意調査中でございます」
深く頭を下げる。
「チッ」
舌打ち。
「役たたずが」
シュウイチは立ち上がる。
そのまま振り返りもせず、
部屋を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
「……」
レグナスは無言でその扉を見つめた。
壁際の秘書が、
静かに口を開く。
「よろしいのですか?」
「彼に、あのような態度を取らせて」
レグナスは微笑む。
先ほどまでの柔らかな笑み。
「えぇ」
指先でカップをなぞる。
「彼には“まだ”利用価値がありますからね」
「存分に稼がせてもらいましょう」
秘書の女性は黙って頷く。
「ところで…」
「例の件は?」
「既に確認済みです」
秘書が静かに答える。
「ユウト氏は現在、 商業ギルドの近隣アパートに居住」
「最近は"うら飯屋"という飲食店によく顔を出すようです。」
「結構」
レグナスは満足そうに頷いた。
「では予定通り、 私が直接お会いしましょう」
「よろしいのですか?」
「えぇ」
紅茶を置く。
「優れた人材は、 机の資料では測れません」
「実際に会って、 言葉を交わすべきです」
大商人の笑顔の裏側にあるものは――
いつだって、
利益だけだった。
――レグナス商会ロビー。
受付には長い列ができていた。
商談希望者。
仕入れ業者。
新規取引の申請者。
人の熱気で満ちている。
その列の横を、 端末を操作しながら足早に外へ向かうシュウイチ。
「次は…負けないよ」
「優斗くん」
自動扉が開く。
彼が去った、その背後――
列の最後尾に、 見慣れない二人組がいた。
黒服に身を包んだ少女。
無表情に立つ青年。
「……お前んとこと違ってすげぇな」
小声で呟くユウト。
その隣で少女がイラッとする。
「うるさいわね」
シオリだった。




