第57話:もう1人の転生者
――その日の夜。
いつも以上の熱気に包まれた街並み。
仕事帰りの人々。
酒場へ向かう者。
家路を急ぐ者。
そんな人波の頭上で――
建物の壁面ディスプレイが、
一斉に切り替わる。
眩い光。
映し出されたのは、
湯気立つ一杯の麺。
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深夜に、食べるな。
……絶対に。
バルドカップ麺
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「……!」
足を止める人々。
次の瞬間――
濃厚なスープをまとった麺が、
箸で持ち上げられる。
湯気。
照り。
滴る雫。
見るだけで腹が鳴る映像。
「うまそー……」
通行人が思わず呟く。
「この時間にそれは卑怯だろ」
女性がが口元を押さえる。
ごくり。
誰かが生唾を飲む音。
「帰る前に買うか……」
「さっき飯食ったのに腹減ってきた」
「夜中にこそ隠れて食うやつだこれ……!」
映像はさらに切り替わる。
香ばしいソースの焼きそば。
もっちりした麺のうどん。
濃いタレが絡む油そば。
次々と映し出される背徳の料理たち。
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本日22時発売
バルド焼きそば
バルドうどん
バルド油そば
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「はぁ!?」
「今日から!?」
「こんなの見せられて寝れるかよ!」
「絶対買う!」
街が沸く。
理性が、
次々と負けていく。
その喧騒から少し離れた場所で――
一人の青年が、
立ち尽くしていた。
ユウトと同い年ほど。
細身。
眼鏡。
知的な大学生のような雰囲気。
その目だけが、
鋭く広告を見つめている。
「……どういう事だ?」
低く漏れる声。
「レトルトカレーで食事需要は押さえた」
「なのに……」
再び流れる、
深夜欲を刺激する映像。
「競合を避けたどころか需要を伸ばしてきた」
眉間にシワが寄る。
「しかも商品展開まで同時投入……」
「俺のスキルよりも、
更に上の発想だと……?」
青年は端末を取り出し、
素早く操作する。
すぐに通話が繋がった。
「俺だ」
『これはこれは、シュウイチ様』
落ち着いた男の声。
『お陰様でレトルトカレーの売上は好調ですぞ』
「そんな悠長なことを
言ってる場合じゃない」
青年――シュウイチの声が鋭くなる。
「このままじゃ、俺たちは……」
「……」
言葉が止まる。
『いかがなさいました?』
「……いや、なんでもない」
「また明日話す…」
通話を切る。
街ではまだ歓声が続いていた。
「バルド油そばって何だよ!」
「絶対うまい!」
シュウイチは広告を見上げる。
眼鏡の奥の目に
悔しさが滲む。
「……負けたよ、優斗くん」
静かに吐き出す。
「まさか、俺の“妙算”が負けるなんて」
拳を握る。
「“創造”だけじゃないようだね」
再び映る、
バルド商会の広告。
その裏にいる誰かを思いながら――
ふっと肩の力を抜く。
「さて……」
小さく息を吐いた。
「焼きそばでも買って帰るか」
踵を返す。
その表情は、
少しだけ悔しそうで――
少しだけ、
楽しそうだった。




