第56話:うちの社長が有能だった件
――バルド商会、社長室。
部屋には、
シオリ。
アメリ。
ユウト。
タナベ。
机の上には、
見慣れぬ箱が一つ置かれていた。
レグナスカレー。
重たい空気が、
部屋を満たしている。
「このままじゃ……負けるわね」
シオリの言葉が、現実を突きつける。
沈黙。
アメリも、
タナベも、
言葉を失っている。
「……はぁ」
ユウトが頭をかく。
「そんな落ち込むほどか?」
「落ち込んでるんじゃない」
シオリは静かに言った。
「考えてるの」
「もしかすると…」
「いえ、高確率で向こうにも転生者がいる」
「…」
(確かに…)
(それしか考えられないよな)
箱を見つめたまま、
指先で机を一定のリズムで叩く。
「ねぇ…思ったんだけど」
「レトルトカレーは“食事”よね」
「信用ある商会が出せば強い」
「昼食、夕食、
家庭の一食として選ばれる」
「正面から勝負したら不利……」
アメリが小さく呟く。
「ええ」
シオリは頷いた。
そして――
ゆっくりと顔を上げる。
その目に、
いつもの光が戻っていた。
「……でも」
「誰が正面から戦うって言ったの?」
「……は?」
ユウトが眉をひそめる。
シオリは机の上のバルドカップ麺を持ち上げた。
「これは食事じゃない」
「……は?」
「これは――」
少し口元を上げる。
「夜中にお腹が空く」
「本当は寝るべき時間」
「でも、何か食べたい」
「優斗やタナベさんなら分かるよね」
「そんな時にレトルトはちょっと違う 」
指先で容器を叩く。
「お湯を注いで三分」
「その時間は後ろめたさを堪える時間」
「その後ろめたさが最高のスパイスになる」
「三分後に口に入れるのは麺でもスープでもない。」
「食べてるのは"背徳感"よ!」
「つまり……」
アメリが息を呑む。
「競合しない……?」
「その通り」
シオリがにやりと笑う。
「レグナスカレーと
同じ市場で戦う必要なんてない」
「向こうが昼と夜の食卓なら――」
「こっちは深夜を取る」
ユウトは腕を組んだまま、
じっとシオリを見る。
(……こいつ)
(こんなに頭良かったか?)
昨日まで、
人の黒歴史映像で笑っていた女だ。
それが今――
別人みたいに冴えている。
「それと…」
シオリの声が鋭くなる。
「これで終わりじゃない」
「……何?」
アメリが姿勢を正す。
「相手に転生者がいるなら、次の一手も早い」
机の上のレグナスカレーを指で回す。
「シチュー」
「ハヤシ」
「中華丼」
「牛丼の具」
「ミートソース」
「おでん」
「温めるだけの商品を、
次々に出してくる可能性が高い」
「……!」
アメリの顔色が変わる。
「そんなに……?」
「出せるわ」
シオリは即答した。
「製造ラインさえ整えば、
中身を変えるだけで展開できる」
「信用ある商会なら、
店も棚も押さえやすい」
タナベが低く唸る。
「数で市場を埋める気ですね」
「ええ」
シオリは頷く。
「カレーは様子見と」
「レトルトの手軽さをアピールする」
「言わばチュートリアルね」
「本命はレトルトシリーズ展開」
ユウトが眉をひそめる。
「そこまで読むのかよ」
「読むんじゃない」
シオリは淡々と言う。
「やる側なら、そうするからよ」
その一言に、
部屋が静まり返る。
(……こいつ)
(やっぱり、なんか変だ)
ユウトの中で、
違和感がまた膨らむ。
「だから私たちは、
カレーだけ見てたら負ける」
シオリはバルドカップ麺を置いた。
「夜食市場を押さえる」
「ブランドを作る」
「“背徳感ならバルド”って客へ刷り込む」
「巷では"レグナスの品なら間違いない"って言われてる」
「仮に背徳感に手を出せばブランドが地に落ちる」
アメリの目が輝く。
「なるほど……!」
「タナベさん」
「はい」
「こっちも派生商品を急ぐわ」
「焼きそば、うどん、辛味系」
「承知しました」
「優斗」
「なんだよ」
「不摂生の上級者として知恵を貸してね」
「言い方ぁ!」
空気が変わり、みんな笑う。
ユウトだけは、笑えなかった。
(こいつ……)
(本当にシオリだよな?)
普段のふざけた姿と、
今目の前にいる策士の姿。
その落差が、
妙に引っかかった。
レグナスは商品数で攻める。
ならば――
バルドは、
先に習慣を奪う。




