第55話:レグナス商会
――レグナス商会、本社最上階。
重厚な執務室。
窓の外には、
朝からざわめく街並みが広がっていた。
巨大な壁面ディスプレイ。
そこには広告が映し出され――
数秒ごとに、切り替わる。
バルド商会。
新発売、バルドカップ麺。
――切り替わる。
レグナス商会。
新発売、レグナスカレー。
――また切り替わる。
だが――
街の人々が足を止めるのは、
どちらかと言えば後者だった。
レグナス商会。
堅実な品質。
誠実な対応。
長年積み上げてきた信頼。
この街で“安心して買える商会”として、
すでに名が通っている。
新商品となれば、
それだけで手を伸ばす者も多い。
「見事に話題を奪っております」
レグナスは穏やかに微笑んだ。
その視線の先。
部屋の奥、
陽の当たらぬ椅子に、
若い男が座っていた。
顔は見えない。
だが、
余裕だけははっきりと伝わる。
「当然だろ」
「向こうが今日動くのは、分かってた」
退屈そうな声。
「……まさか本当に新商品を出してくるとは」
レグナスが微笑む。
若い男は机の資料を指で弾いた。
そこには、
バルド商会の物流記録、
資材搬入、
広告枠の取得時間、
配送車の出入り時刻まで並んでいる。
「隠してるつもりでも雑なんだよ」
「人が増えれば痕跡も増える」
「発売日なんて、計算すれば誰でもわかる」
さらりと言い捨てる。
「なぜ、同日に?」
レグナスの質問に若い男が鼻で笑う。
「ズラしたら負け犬だ」
「相手はここ数年で頭角を出した新参」
「あんたには信用がある」
「客は“挑戦”より、“安心”を選ぶ」
レグナスは満足そうに頷いた。
「実に合理的です」
「それに――」
若い男が窓の外を見る。
ディスプレイが切り替わる。
バルドカップ麺。
そして――
レグナスカレー。
「自信満々で出した日に、
同じ場所で何度も俺の商品を見せる」
「最後に客の頭に残るのは、
信用ある方の名前だ」
口元だけが笑う。
「……」
レグナスは何も言わない。
ただ、
この男が楽しんでいる時ほど、
恐ろしいと理解していた。
「次はどうなさいますか?」
若い男は少し考え、
即答する。
「三日後には次を出す」
「次……ですか?」
若い男は椅子を回し、
楽しそうに言った。
「レグナスシチュー」
「レグナス牛丼」
「レグナス中華あんかけ」
「レグナスミートソース」
「全部“温めるだけ”で食える」
レグナスの目がわずかに見開く。
「素晴らしい……!」
「一品勝負で来る相手に、
こっちは棚ごと奪う」
若い男が笑う。
「カップ麺一つで革命気取りか?」
「こっちは“レトルト売り場”を作るんだよ」
部屋の空気が、
わずかに震えた。
「商売ってのはさ」
「客に“選ぶ習慣”を作らせた方が勝つ」
「3食カップ麺は飽きるがレトルトは違う」
窓の外。
ディスプレイは何度も切り替わりながら、
二つの商品を街に刷り込み続けていた。
「この勝負、俺の勝ちだよ」
「"優斗くん"…」
その裏で――
次の波は、
すでに動き出していた。




