第52話:鬼
「じゃあ――契約成立ね」
シオリが、にこりと笑う。
「……」
こうして俺は――
バルド商会の“アルバイト”として入社することになった。
「感謝してよね」
シオリが、少し不満そうに言う。
「週休五日なんて高待遇にしてあげたんだから」
「……」
(年間で百日以上“勉強”しろってことだろ)
(どこが高待遇だよ……)
(鬼か……)
だが――
(逆らえない)
シオリの背後。
あのモニターは、 俺の私服の写真で止まったままだ。
「……はい」
「ありがとうございます……」
奥歯を噛み締めながら、なんとか言葉を絞り出す。
「さすがシオリね」
アメリが、少し驚いたように言う。
「まさか彼を手懐けるなんて……」
「優斗の扱いは分かってるからね」
シオリが、楽しそうに笑う。
(完全にペット扱いじゃねぇか……)
「……ところで、詩織」
ユウトが口を開く。
「カップ麺はどう――」
「社長と呼びなさい」
食い気味に、シオリが遮る。
「……」
「社長」
「カップ麺はいかがなさいますか」
拳を握りながら、問いかける。
「よろしい」
あっさりとした返答。
「商品化はするけど、試食会は無しよ」
「夕食にカップ麺って気分じゃないし」
「食べなくても味は分かるから」
(当然か……)
(けど――)
(なんてワガママなやつだ)
「では、明日にでも発売できるようガルドと一緒に準備するわね」
アメリが端末を操作しながら部屋を出る。
「ありがとう。よろしくねー」
シオリが手を振りながら見送る
「さてと」
シオリが軽く手を叩く。
「本日の仕事はこれでおしまい」
「ご飯にしましょう」
くるりと振り返る。
「タナベさん、お店開けてー」
パチン。
指が鳴る。
その瞬間――
シオリとタナベの姿が揺らぎ、 “バルド”と“うら飯屋の親父”の姿へと戻る。
「承知しました」
親父が静かに答える。
「分かってると思うけど」
バルドが振り返る。
「このことは、四人だけの秘密だよ」
声も口調もバルドになった。
「へいへい……」
力の抜けた返事。
(それより……)
(モニター戻していけよ……)
黒歴史が、まだそこにある。
バルドが部屋を出る。
「……」
見送る。
「なにをしておる?」
振り返りもせず、声だけが飛んでくる。
「さぁ、行くよ」
「……俺もかよ」
「当たり前じゃ」
少しだけ振り向く。
「忘れたかね?」
「君の部屋は、私の隣だよ」
「……あ」
思い出す。
「逃がさんよ」
バルドが、不敵に笑った。




