第27話:うら飯屋
車はゆっくりと高度を下げ、細い路地へと滑り込んでいく。
軽く揺れた後、タイヤが石畳を捉えた。
「もう着くぞ」
ユウトは窓の外を眺めていた。
(……あれ?)
見覚えのある景色。
(この辺……)
「どうした?」
ミラー越しに、ロイドが視線を寄越す。
「いや」
ユウトは少し考えてから答えた。
「来週から、この近くに住む予定なんだ」
「へぇ?」
ロイドが片眉を上げる。
「そういや家探すって言ってたな。決まったのか」
「ああ」
ロイドは小さく笑う。
「じゃあちょうどいいな」
「今から行く飯屋はうまいし安い」
「どうぞご贔屓に」
「店の回し者か?」
「へへっ」
車は一軒の店の前で止まった。
『 うら飯屋 』
外見はボロボロ。
この近未来都市で初めて見たボロさ。
(自分から進んで入ろうとは思わないな。)
「本当にここがうまい飯屋?」
(……うらめしや?)
「いいから入れって!」
ロイドがユウト手を引く。
店内。
「来てやったぞ!」
ロイドが扉を開け、迷いなく奥の席に腰を下ろす。
「……誰も呼んでねぇ」
カウンターの奥、店の店主らしい親父が顔も上げずに返した。
年配の男が横で軽く笑う。
「相変わらずだな、お前ら」
「うるせぇ」
親父が短く返す。
ロイドはカウンターを軽く叩く。
「親父、いつもの。2人分」
「今日はねぇ」
「嘘つけ」
「うるせぇ、ある分で出す」
「それでいい」
(完全に常連だな……)
ユウトは小さく思う。
親父の視線がユウトへ向く。
「で、そっちは誰だ」
「俺の客だ」
ロイドが即答する。
「勝手に連れてきた」
「余計なことすんな」
「店の紹介してやってんだよ」
「頼んでねぇ」
軽口が続く。
「ほら、できたぞ」
目の前に皿が置かれる。
焼き魚。
味噌汁。
煮物。
白いご飯。
(……見た目は普通だな)
ユウトは箸を取る。
一口。
「……うまい」
思わず声が漏れる。
「だろ?」
ロイドが笑う。
「妙に落ち着く味だな」
味噌汁をもう一口飲む。
「こんな味、他で食ったことねぇ」
「そうなのか?」
「当たり前だろ」
そのままユウトは焼き魚を1口食べる。
「臭みが全然無い」
「こんなに食いやすいの初めてだ」
(魚が良いのか?)
(腕がいいのか?)
ユウトは考えて――
(……あれ?)
手が止まる。
皿を見る。
焼き魚。
味噌汁。
煮物。
白米。
(……これ)
(日本の飯じゃねぇか)
今さら気づいた。
(なんで普通に食ってたんだ俺)
ロイドはひたすら食べ続け
「こういう飯、マジで他にねぇぞ」
「あぁ、毎日でも食える」
(久しぶりの日本の食事に身体が喜んでる。)
「だろ?」
ユウトはもう一口食べる。
(……確かに)
横から声が入る。
「この店は"味だけは"良いからね」
年配の男が言うと、
「うるせぇ!"だけは"ってなんだよ!」
親父が返す。
ロイドが笑う。
「確かに!味"だけは"いいんだよ」
常連の男も一緒になって笑う。
「そうそう!味"だけは"いい」
(なんかいいな…)
食事が進む。
ロイドが湯呑みを持ち上げ
「親父、ツケでいいか?」
「いい訳ねえだろ!」
「ケチ」
「先週のも払ってねぇだろうが」
「忘れてた」
「忘れんな!!」
ユウトは小さく息を吐く。
来週から住む街。
この店があるなら――
(困らなそうだな)
穏やかな時間が、ゆっくりと流れていった。




