第20話:契約
「では、店舗へ戻りましょう」
男の誘導で、そのまま車に乗り込む。
(決まるの、早かったな)
特に迷いもなかった。
走り出してしばらく。
相変わらず荒い運転。
(……やっぱり荒い)
そんなことを考えているうちに、不動産屋へ戻っていた。
「御足労いただきありがとうございます。」
男が改めて向き直る。
「契約、進めてもらっていいですか?」
「かしこまりました」
手続きは思っていたよりもスムーズだった。
書類の説明を受け、いくつか署名をする。
途端、ユウトの手が止まる。
「あの…」
「保証人が居ないんですが…」
「大丈夫です。」
「保証会社の方で対応させていただきます。」
(!?)
(助かった…)
「それでは、初期費用のご案内です」
提示された金額を見る。
敷金、礼金。
そして――家賃1.5ヶ月分。
「合計で、こちらになります」
--30万円
(……高いな)
ユウトは無言で支払いを済ませる。
手元から一瞬で消えた。
妙な実感が湧く。
「以上で手続きは完了となります」
「お部屋はこれからクリーニング作業がございます。」
「ご入居頂けるのは2週間後となります。」
「分かりました。」
「こちらがお部屋の鍵となります。」
カードキーを3枚見せ、封筒に入れた。
「ありがとうございます。」
鍵を受け取り店を出る。
(家、か……)
まだ住めるわけではない。
だが、“拠点”はできた。
じわじわと実感が湧いてくる。
(……なんか、ちょっといいな)
初めての一人暮らし。
(誰かに言いたいな)
自然と、足は商業ギルドへ向かっていた。
(ギルマスに礼の1つでも言っておくか)
ギルドに入る。
その瞬間。
「これはこれは――」
聞き覚えのない声。
振り向く。
黒い服に身を包んだ男が、そこに立っていた。
落ち着いた物腰。
無駄のない立ち姿。
「ユウト様」
(……誰だ)
「私、バルド紹介で不動産部門を担当させていただいております」
「カザフと申します」
軽く一礼する。
(なんで俺の名前を知ってる)
「……俺のこと、知ってるんですか?」
男はわずかに口元を緩める。
「情報は武器ですから」
あっさりとした答え。
「そろそろ拠点が必要になる頃かと思いまして」
「こちらでお待ちしておりました」
(待ってた……?)
「……何か用ですか?」
カザフは一歩だけ距離を詰める。
「ご挨拶と、物件のご紹介を」
「ユウト様にピッタリの物件をいくつかご用意しました――」
「もう契約しました」
「――……え」
ほんの一瞬、間が空く。
カザフの目が、わずかに見開かれた。
「……契約、ですか」
「はい。さっき」
短い沈黙。
だがすぐに、表情が整う。
「それは……失礼いたしました」
「少し、出遅れたようですね」
カザフは小さく笑みを浮かべる。
「差し支えなければ、お聞きしても?」
「どのような物件を?」
「7万くらいのワンルームです」
「……なるほど」
「即決でお決めになられたのですか?」
「はい。1件目で」
わずかに目を細める。
そこにあるのは驚きではなく、興味。
「それはまた、思い切りがいい」
「生活に関わることなので慎重に吟味する方が多いのですが」
「そうなんですね」
淡々とした返し。
カザフは、少しだけ楽しそうに笑った。
「ええ。ですが――」
「そういう判断ができる方の方が、結果を出すことも多い」
(適当に言ってるわけじゃなさそうだな)
「今回はご縁がありませんでしたが」
「今後、お力になれることがあれば」
「いつでもお声がけください」
押しすぎない距離感。
「機会があれば」
ユウトは短く返す。
カザフは満足したように頷いた。
「それでは、本日はこれで」
「あぁ、それと…」
「いや、失礼。今日のところはお疲れでしょうから、この件はまた後日。」
軽く一礼し、その場を離れる。
(変なやつではないな)
小さく、そう感じた。




