第18話:カチッ。
工場の視察を終えた後。
ウラジオが静かに口を開いた。
「もう一つ、お見せしたいものがあります」
「まだ試作段階ではありますが――ご覧いただく価値はあるかと」
「試作、ですか?」
「ええ」
短く頷き、歩き出す。
案内されたのは、生産ラインから少し離れた区画だった。
先ほどまでの機械音はなく、代わりに――
カチャ、カチャ、と乾いた音が響いている。
(……手作業か)
中に入ると、職人たちが何かを組み上げていた。
「……これ」
ユウトは差し出されたそれを手に取る。
六面に色分けされた立方体。
軽く回す。
カチッ。
(……問題ないな)
滑らかに動く。引っかかりもない。
「ユウト殿からお譲りいただいた標章と構造をもとに、試作しました」
ウラジオが説明する。
「現状では精度維持のため、手作業に頼っておりますが……」
「完成度としては十分かと」
(十分どころか完成してるだろ)
内心でツッコむ。
周囲では職人たちが、一つ一つ丁寧に調整している。
量産にはまだ遠い。
だが――精度は高い。
「……やはり、ここがネックですか」
ユウトが呟く。
「ええ」
ウラジオは頷く。
「構造が細かく、工程が多い」
「ですが――」
一拍置く。
「量産化の手筈は進んでおります」
その声音に迷いはない。
「時間の問題、ですか」
「ええ」
短く、力強く肯定する。
ユウトはキューブを回し続ける。
カチッ。
カチッ。
(……これ、地味に時間持ってかれるな)
その様子を見ていたウラジオが、試作品を一つ手に取った。
カチッ。
カチッ。
「――あの時は、運良く」
カチッ。
「なんとか、全面を揃えることができましが」
カチッ。
カチッ。
ウラジオの声が続く。
「同じことを、もう一度やろうとすると……」
カチッ。
カチッ。
わずかに手が止まる。
「途端に難しくなる」
再び回し始める。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
「分かっているはずなのに、思い通りにいかない」
カチッ。
「だからこそ、続けてしまう」
(……完全にハマってるな)
会話が途切れる。
ただ、音だけが静かに響く。
カチッ。
カチッ。
しばらくして――
ウラジオが小さく息を吐いた。
「……いけませんね」
「時間を忘れます」
ウラジオは手を止め、キューブを見つめる。
そして、静かに言い切った。
「これが、この商品の価値です」
迷いのない、答えだった。
(まあ……もう俺の仕事じゃないしな)
ユウトは内心で肩の力を抜く。
権利はすでに手放している。
つまり――
(面倒な工程は全部あっち持ち)
それでいい。
再び、キューブを回す。
カチッ。
工場の一角で。
ただの玩具が、確かに人の時間を奪っていた。




