第162話:宝
「ここが……ウラジオバーガー……」
「すげー……」
ユウトは、目の前の建物を見上げていた。
神聖ささえ感じるほどの、巨大な木。
その周囲を囲むように作られた建物。
自然と人工物が、違和感なく溶け合っている。
二階部分には、頭上を通る道路が繋がっていた。
おそらく、あれがドライブスルーなのだろう。
「さっ、中に入るぞ!」
ロイドが笑いながら言う。
「お前も来るのか?」
「当たり前だろ!」
「俺も参加者だからな!」
「そうなのか?」
車を駐車場に停め、三人は店の中へ入った。
中は、まるで高級ホテルのようだった。
足元には柔らかな敷物。
靴の上からでも分かるほど、ふわふわしている。
(土足でいいんだよな……?)
ユウトは、少しだけ足元を気にした。
内側は一面ガラス張りになっていて、店の中から巨木を眺めながら食事ができるようになっている。
「いらっしゃいませ」
横を見ると、注文用のカウンターがあった。
その奥では、従業員たちが慌ただしく調理の準備をしている。
「本日はご来店ありがとうございます」
「招待状を拝見いたします」
マヤとロイドが、それぞれ招待状を手渡す。
(あぁ、あれか……)
ユウトも、事前にマヤから受け取った招待状を取り出した。
「お願いします」
「頂戴いたします」
受付の女性は、丁寧に確認する。
「マヤ様、ロイド様、ユウト様ですね」
「ご注文方法について説明させていただきます」
「まず、頭上のメニューをご覧ください」
言われるがまま、三人はメニューを見上げた。
【バーガー】
ウラジオバーガー。
ウラジオチーズバーガー。
ウラジオテリヤキバーガー。
ウラジオビッグバーガー。
ウラジオスペシャルバーガー。
ウラジオスペシャルチーズバーガー。
【サイドメニュー】
フライドポテト。
ナゲット。
バーベキューソース。
マスタードソース。
オニオンフライ。
【ドリンク】
ラムネ。
コーヒー。
紅茶。
オレンジジュース。
ブドウジュース。
「こちらから商品をお選びいただきます」
「ご希望の商品が決まりましたら、お申し付けください」
「通常ですと、ここでお会計をいただきますが、本日はレセプションのため無料となっております」
(タダ!?)
ユウトの目が、わずかに鋭くなる。
「試験運用も兼ねておりますので、お気づきの点がございましたら、何なりとお申し付けください」
「……」
ロイドが、真っ先に口を開いた。
「じゃあ、俺は……」
「バーガー全種類とナゲットのバーベキュー」
「それと、ブドウジュース」
「私は、ウラジオテリヤキバーガーとナゲットのバーベキュー」
マヤが続く。
「あと、ラムネでお願いします」
「俺は……」
ユウトは、メニューを見上げたまま少し考える。
「ウラジオテリヤキバーガーと、スペシャルチーズバーガー」
「それと……ラムネで!」
「かしこまりました」
受付の女性が、番号札を三人へ渡す。
「こちらの番号札をお持ちください」
「商品が完成しましたら、あちらのモニターに番号が表示されます」
「番号札と商品の引き換えとなりますので、無くさないようお持ちください」
(すごい……)
(分かりやすい)
ユウトは素直に感心した。
だが。
「あ、あの……」
少し申し訳なさそうに、ユウトが口を開く。
「はい?」
「メニューが上にしかないと……」
ユウトは、もう一度頭上を見上げた。
「首が……」
「首?」
「ここにも、小さなメニューがあると」
ユウトはカウンターを指差す。
「指を差して注文できるし……」
「商品名を全部言わなくても済むので……」
「いいんじゃないかな……と」
「……」
淡々と説明していた女性が、驚いたようにマヤへ視線を送る。
マヤも、目を丸くした。
その時。
「やぁ、ユウトくん」
背後から、明るい声がした。
「よく来てくれましたな」
振り返ると、ウラジオが笑顔で歩いてくるところだった。
「どうですかな?」
「ウラジオバーガー一号店は」
「ど、どうも……」
ユウトは軽く頭を下げる。
「社長……それが……」
マヤが、ウラジオに小声で耳打ちした。
「メニューを……」
「確かに!!」
ウラジオの目が大きく開かれる。
「これは盲点でしたな」
すぐに受付の女性へ視線を向ける。
「さっそく改善できるか?」
「か、かしこまりました!」
受付の女性が、すぐに動き出す。
「いやぁー、助かりました」
ウラジオは感心したようにユウトを見る。
「ありがとう」
「注文する時、見上げるの疲れるし……」
「商品名を全部言うのも大変なので……」
「ハッハッハ!」
ウラジオは楽しそうに笑った。
「君ならではの意見だが、素晴らしい改善点だ!」
その時。
モニターに、マヤとユウトの番号が表示された。
「あっ、できたみたいですね」
マヤがユウトに声をかける。
二人は、受け渡し口へ向かった。
「俺のはまだか……」
ロイドが、少し不満そうに呟く。
「全種類なんて時間かかるに決まってるだろ」
ユウトが即座に突っ込んだ。
「お前、さっき昼食に行ってなかったか?」
ウラジオが呆れたようにロイドを見る。
「あれは昼飯」
ロイドは、堂々と胸を張った。
「これはタダ飯!」
(何言ってんだ、こいつ……)
「……さっ、さぁ、行きましょう」
マヤは苦笑しながら、ユウトを促した。
ロイドを放っておいて、ウラジオの案内で二階へ上がる。
二階は、ほとんどが飲食スペースとなっていた。
両面ガラス張り。
一方には巨木。
もう一方には、店の外を通る道路と街並み。
開放感がある。
「ん?」
ユウトは、壁に囲まれた個室のような場所へ視線を向けた。
「あぁ、あそこはドライブスルーの受け渡し口です」
マヤが説明する。
「調理スペースが一階なのに……?」
「一階で調理した商品を、リフトで二階に上げて」
「あそこで受け渡しできるようになっています」
「へぇー」
ユウトは素直に感心した。
「マヤさん、詳しいですね?」
「当然ですよ」
マヤが、少しだけ胸を張る。
「店舗の設計やシステムも、すべてマヤの発案ですから」
ウラジオが誇らしげに言った。
「えっ……」
ユウトは驚いてマヤを見る。
「商品開発室なのに……?」
「商会の利益に……」
「あぁ」
ユウトは、先に言葉を続けた。
「部署も役職も関係ないですね」
「そうです!」
マヤは、嬉しそうに笑った。
「……フフッ」
「この子は、とても優秀でね」
ウラジオが、そっとユウトに耳打ちする。
「部署を超えて働きすぎないかヒヤヒヤしていたが……」
「残業もなく、定時に帰っているようで安心しました」
(すごいな……)
その時だった。
二階の入口付近が、にわかに騒がしくなった。
従業員が数人、困ったような表情で誰かを案内している。
周囲の招待客たちも、ちらちらと視線を向けていた。
やがて。
気位の高そうな婦人が、当然のように二階へ上がってきた。
身につけている装飾品は派手で、歩き方にも遠慮がない。
「あら、ウラジオ社長」
婦人は、扇子を片手に笑った。
「ごきげんよう」
「これはこれは、アーサー夫人」
ウラジオの表情が、わずかに引き締まる。
(アーサー?)
ユウトは、その名前に反応した。
「なんです? この子たちは」
アーサー夫人の視線が、ユウトたちに向く。
「彼等はうちの……」
ウラジオが紹介しようとした瞬間。
「そんなことより」
アーサー夫人が、強引に言葉を遮った。
「私の元に、招待状が届いていなかったようですが」
「何かの手違いで?」
周囲の空気が、わずかに固まる。
招待状がない。
それは、つまり。
呼ばれていないということだった。
だが、アーサー夫人は気にした様子もなく微笑んでいる。
「いやはや、困ったものです」
「まぁ、いいでしょう」
「それにしても、素晴らしいデザインの建物ですわ」
「領主様の奥様です」
マヤが、小声でユウトに伝える。
(やっぱり……)
ユウトは、少しだけ眉をひそめた。
「設計の担当者に会わせてくださいます?」
アーサー夫人は、当然のように言った。
「うちの別荘をお任せしようと思うのですが」
(なんだ、こいつ……)
ユウトは思わずそう思った。
「ほう」
ウラジオは、表情を崩さず答える。
「前向きに検討しておきます」
「あら?」
アーサー夫人は、不満そうに目を細めた。
「言い方が悪かったかしら?」
「会わせてほしいと、お伝えしたのですけれど」
「ですから」
ウラジオの声は穏やかだった。
「前向きに検討しておきます」
「……」
一瞬、空気が重くなる。
その時。
「いやぁ、悪りぃ悪りぃ!」
場違いなほど明るい声が響いた。
「待たせたな!」
大量のハンバーガーをトレイに乗せたロイドが、笑いながら現れる。
「ん?」
「どうした?」
ロイドは、きょとんとした顔で周囲を見た。
「興が冷めましたわ……」
アーサー夫人は、わざとらしくため息をつく。
「それにしても、建物のデザインは素敵でも」
「居合わせる人間は、品がありませんわね」
そして、視線をユウトへ向ける。
「特に……」
「なんですの? この下品な装飾品は」
「……」
ユウトの胸が、少しだけざわついた。
言い返したい。
だが、ウラジオが大人として我慢しているのが分かる。
ここで自分がムキになって、場を壊すわけにはいかない。
「それに、この子も」
今度は、マヤへ視線が向く。
「社交的な場に、そのような庶民の普段着で来るのは、いかがなものでしょう」
「……」
マヤは、視線を下に向けた。
せっかくの祝いの場に、沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは。
ウラジオだった。
「おっしゃる通りですね」
静かな声だった。
「品のない者には、お帰りいただきましょう」
「そうでしょう、そうでしょう!」
アーサー夫人は、口元に扇子を当てて笑った。
「あなたのことです」
ウラジオの声が、低くなる。
「夫人」
その目が、鋭く光った。
「彼等は、私の大切な招待客です」
「……なっ」
アーサー夫人の表情が歪む。
「どこで嗅ぎつけたのか、タダ飯の甘い匂いに集って招待状もなく勝手に来おって!」
ウラジオは、一歩前へ出た。
「そのうえ、私の大切な宝を侮辱するとは」
「宝?」
アーサー夫人が、鼻で笑う。
「何が宝ですの?」
「それ以上は許さん」
ウラジオの声が、さらに低くなった。
「ここにいるマヤ、ユウト!」
「あなたの後ろにいる、ケイン、ショウ、レミナ!」
「そして、下のカウンターで受付をしていたサミラ!」
「……」
その場にいた従業員たちが、静かに息を呑む。
名前を呼ばれた者たちは、思わず背筋を伸ばした。
「ここにいる者だけではない」
「私の代わりに商会で仕事をしているレイヴンも」
「厨房で働いている者も」
「店の外で車を案内している者も」
「ウラジオ商会のために動いている者たち全てが」
ウラジオは、はっきりと言った。
「私の宝だ!」
ユウトは、ウラジオを見た。
『社員はみんな、私の宝だ』
以前、ウラジオが言っていた言葉が、頭をよぎる。
あれは、ただの綺麗事ではなかった。
「社長……」
マヤの目に、涙が浮かんでいた。
「何を綺麗事を……」
「わ、私にそんな態度を取って、ただで済むと……」
「構わん!」
ウラジオの声が、店内に響いた。
「別に、商会はゴルディア以外でも開ける!」
周囲の招待客たちが、息を呑んだ。
従業員たちも、静かにウラジオを見つめている。
「お……覚えてなさい」
アーサー夫人は、悔しそうに唇を噛んだ。
そして、勢いよくその場を立ち去っていく。
しばらく、誰も動かなかった。
店内に残ったのは、静かな緊張。
そして。
ウラジオへの、確かな敬意だった。
「社長……」
マヤが、泣きそうな表情でウラジオの元へ駆け寄る。
「気にするな」
ウラジオは、いつものように穏やかに笑った。
「今日は、君たちの店を祝う日だ」
「くだらない言葉で、台無しにする必要はない」
「……はい」
マヤは、小さく頷いた。
ユウトも、涙目になりながらウラジオの前に立った。
「ウラジオさん……」
そして、ぐっと拳を握る。
「いや……社長!」
「ん?」
「かっこよかったです!」
その声は、少し震えていた。
ウラジオは一瞬だけ驚いた後、照れくさそうに笑った。
「ハッハッハ」
「そう言われると、少しむず痒いですな」
それから、ウラジオは周囲を見渡した。
「さっ」
「レセプションを開始しましょう」
その声に、止まっていた空気が少しずつ動き出す。
どこからともなく、拍手が起きる。
ウラジオへの拍手なのか、開店祝いの拍手なのか……。
それは知る必要のない事だった。




