第163話:お似合いの二人
『それでは、ウラジオ社長より一言お願いいたします』
司会の男性が、丁寧に進行する。
ウラジオは、ゆっくりと前に出た。
『えー、本日は……』
キーン……。
一瞬、音が響く。
『本日は、お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます』
ウラジオは軽く咳払いをした。
『一言、と釘を刺されてしまいましたが』
『二言、三言ほど喋らせてもらってもよろしいでしょうか』
「ハハハハ」
会場に笑いが起きる。
『まず……』
そう言って、ウラジオはユウトとマヤに視線を向けた。
そして、手招きをする。
「えっ……」
「わ、私たちですか……?」
マヤとユウトは、お互いに顔を見合せた。
そして二人は恐る恐る、ウラジオの元へ歩み寄った。
『紹介します』
ウラジオは、まずマヤを見る。
『商品開発室室長、マヤです』
「あれが噂の!」
「うそ、ずいぶん若い子ね?」
会場がざわつく。
『彼女は類い稀なる才能を発揮し』
『商品の改善、広告、さらに店舗開発にまで尽力してくれました』
「あの広告、一際目を引いたな!」
「そうそう!まさか社長本人が宣伝するなんて!」
マヤは顔を赤くしながら、少しだけ頭を下げた。
『そして、アルバイトのユウトくんです』
「アルバイト?」
「誰だ?」
「ユウト様ぁああ!」
聞き覚えのある声が、会場のどこかから響いた。
ユウトは、そちらを見ないようにした。
『ウラジオバーガー』
『そしてドライブスルー』
『これらは、彼の発案によるものです』
「嘘だろ……」
「なんでアルバイトの案が社長の耳に?」
ざわめきが大きくなる。
『まさに、この二人はウラジオバーガーの生みの親!』
生みの親!?
ユウトくんとの…子供。
マヤの顔が、さらに真っ赤になった。
『そして、つい先ほどのことです』
ウラジオは、楽しそうに笑う。
『私も含め、皆さんは商品を注文する時、頭上のメニューを見上げたことでしょう』
会場の何人かが、無言で頷く。
『しかし!』
ウラジオは、ユウトの方へ手を向けた。
『彼は、カウンターにも小さなメニューがあると良い、と言ってくれました』
『その理由を聞いて、私は驚きました』
『首が疲れるから』
(今言わなくても!!)
ユウトは心の中で叫んだ。
「ハハハハ!」
「いや、確かにそうだな」
「言われてみれば、ずっと上を見るのは疲れるな」
会場に、納得と笑いが混じる。
『こういった小さな声が、大きな改善となります』
ウラジオの声が、少しだけ真剣になる。
『ウラジオ商会は今後、役職、身分、年齢に関わらず』
『一人一人の声に耳を傾け』
『更なる発展をお約束いたします』
そして、ウラジオは二人の背中を軽く押すように手を向けた。
『皆様、今一度』
『この二人にも、盛大な拍手をお願いします』
その声を皮切りに、会場から拍手が巻き起こった。
「ユウト様ぁああ!!!」
その拍手の中に、ひときわ大きな声が混じっていた。
ユウトは、やはり見ないようにした。
『さて』
『私は一言どころか、何言しゃべったでしょうな』
「ハハハハハッ!」
『そろそろ本当に注意されそうなので、乾杯の音頭を取らせていただきます』
ウラジオはグラスを掲げた。
『それでは……』
『ウラジオバーガー、一号店の完成を祝して』
マイクから離れるように、1歩横へ移動した。
「乾杯!」
「かんぱーい!」
会場中でグラスが掲げられる。
『ウラジオ社長、ありがとうございました』
司会の男性が声を張る。
『それでは皆様、ごゆっくりお楽しみください』
会場内が、ざわざわと動き始める。
知り合いと会話する者。
見聞を広めるために、グラスを片手に歩き回る者。
ハンバーガーを食べ始める者。
ウラジオバーガー、一号店のレセプションが、本格的に始まった。
────────────
「旦那ぁ、俺の紹介を忘れてますよ!」
ロイドが、大量のハンバーガーを乗せたトレイを抱えたまま、ウラジオに詰め寄った。
「試作品に協力したってのに!」
「お前は食っていただけだろう!」
ウラジオが即座に突っ込む。
「緊張した……」
ユウトは小さく息を吐いた。
「事前に教えてください!」
マヤも困ったようにウラジオを見る。
「その方が面白いだろう」
「ハッハッハ!」
ウラジオは悪びれもせず笑った。
その時。
「ユウト様ぁあああ!」
「……」
ユウトは、さっきから気づいていた。
だが。
わざと視線を合わせないようにしていた。
その大声の主が、ユウトの元へ近づいてくる。
「はぁ……」
ユウトは少しだけ困ったように息を吐く。
だが、口元は柔らかかった。
声の主は、言うまでもない。
ドランだった。
「ユウト様!」
ドランは満面の笑みで頭を下げる。
「おめでとうございます!!」
「あぁ、ありがとう」
ユウトは苦笑しながら答えた。
「お前も来てたんだな」
「もちろんです!」
ドランは胸を張る。
「私もユウト様専属運転手で関係者ですから!」
「ワッハッハッハ!」
(関係、浅っ!!)
「おぉ、そうだった!」
ドランが、隣にいる綺麗な女性へ視線を向ける。
「紹介します」
「妻の、カンナです」
「えっ……」
ユウトの思考が止まった。
「初めまして」
カンナは、丁寧に頭を下げた。
「ユウト様」
「夫が大変ご迷惑をおかけしております」
(そこは、お世話になっております、じゃないのか)
(じゃなくて……!!)
「えええええ!!?」
ユウトの声が裏返る。
「妻って……奥さん?」
「ド、ドド、ドラン……さん……の?」
足が震える。
全身の力が抜ける。
失礼だと自覚している。
だが。
つい、ドランを指差してしまった。
「あ……えっ……あぅ……」
開いた口が塞がらない。
ユウトは、ドランとカンナを交互に見る。
見比べるように。
どう見ても、釣り合っていない。
いや。
それを言ってはいけない。
だが、心が叫んでいる。
ユウトの中では、マヤとドランがそういう関係だと思っていた。
「はっ!」
思い出したように、ユウトはマヤへ視線を向ける。
恐る恐る。
「……」
マヤも、驚きを隠せない表情をしていた。
(マヤさん……)
ユウトは、憐れむようにマヤを見つめる。
(ドラン!!)
(こいつ!!!!)
「それでは皆様、ごゆっくりお楽しみください!」
「ハッハッハ!」
ドランは豪快に笑って、何事もなかったように立ち去っていく。
「……」
カンナは、深く頭を下げた。
「大変失礼いたしました」
「私の方で、注意しておきます」
そう言って、ドランの後を追う。
(なんて、良い奥さんなんだ……)
(ドランめ……!!)
ユウトの中で、怒りにも似た感情が、ふつふつと湧き上がっていた。
「驚きましたね」
マヤが、小声でユウトに話しかける。
「えっ?」
ユウトは、慌ててマヤを見る。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですよ!」
マヤは素直に言った。
「驚きました!」
「けど……」
マヤは、ドランとカンナの背中を見ながら、ニコっと笑う。
「お似合いの夫婦かもしれませんね!」
「フフフッ」
「……」
ユウトは、黙ってマヤを見つめた。
「無理……しないでくださいね」
「……?はい」
いったい何を言ってるんだ?
そう思ったが、とりあえず返事をした。
「じゃあ……俺はちょっと店内を見てきます」
(泣きたい時もあるだろう……)
(人に見せたくない時もあるだろう……)
(一人になりたい時もあるだろう……)
勝手にそう思い、ユウトはその場を離れようとした。
「あ、それなら私が案内しますよ!」
何事もなかったように、マヤが引き止める。
「え?」
ユウトは混乱した。
自分の気遣い。
その意図が、まったく伝わらない。
「じゃあ、一階から行きましょうか!」
マヤは楽しそうに言って、階段の方へ歩き出す。
「……」
ユウトは、その後ろ姿を見つめた。
そして。
「あっ……そうか!」
何かを理解したように、顔を上げる。
「これが……」
ユウトの脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
"女心と秋の空"




